第155話 「同種食い」
「人肉を売る……だと!?」
およそ人の道ならざる行為だった。売るほうも外道だが、買うほうも外道だ。人肉を買うということは、その先にあるのは食事。カニバリズムだ。吐き気を催す。
この街で多発していた誘拐事件を思い出した。若くて健康的でルックスの良い金持ちが狙われている事件だ。今まで得た情報が、一つに収束していく。あの誘拐事件は、こいつらの仕業だ。商品として質の高い人間を狙って誘拐し、売りさばいていたんんだろう。性奴隷にされるより、もっと残酷な話だった。まさか、食うために人を殺すなんて。
「人の肉を食べたいと望む客は多いのだよ。かく言う私もその一人でね。人間の肉はえも言われぬ味がして美味なのだ。理解してくれないだろうがね」
理解してたまるか。そんなおぞましい趣向を。
モーグモは口元を歪めて話を続けた。
「お前は人の体を食したことはあるか? 忘れられない味だぞ」
人の体、か。
七年前の情景が、脳裏に浮かんできた。
確かに、『忘れられない味』だった。忘れたいのにな。
「人の体の一部を食わされたことならある。不味くて食えたもんじゃなかったがな」
「ほほう。お前は一線を越えていたのだな。こちら側の人間か」
「ふざけるな。お前らなんかの仲間にするな」
俺は人を食べるために殺人を犯すような人間じゃない。『あれ』だって、無理やり口に入れられたんだ。
ターヴェル夫人は、俺の肢体を舐めるように触っていた。
「ああ、素晴らしいわ。なんて男前な殿方ですこと。綺麗でスベスベの肌。久しぶりに、いい肉に出会えそうね」
夫人の目は、獲物を前にした獣のようだった。このおばさんも人食いか。
「ねえあなた。あたくし、もう我慢できないの。この男性を口いっぱいに頬張りたいわ」
「そんなによだれを垂らすなターヴェル。貴族なんだからもっと上品に食べろ」
ターヴェルは指を盛んに動かし、俺のズボンに手をかけた。そして、顔を赤く染めながら、ズボンを脱がせた。
「さあ! 雄の一番美味しい部分をいただこうかしら!」
『ごちそう』を前にして興奮の顔つき。だがそれは、急激に失望の顔に変わった。
「……どういうことよ! ねえあなた! これはどういうこと!?」
ターヴェル夫人が見たもの。それは、俺の女性用下着だった。そこには、男性の下半身にあるはずの膨らみは無い。
「この人、女の人だわ! 話が違うじゃない! かっこいい男性のお肉が手に入ったって聞いたのに!」
ターヴェル夫人は激昂して、モーグモに迫った。
「ま、待て。私も知らなかったんだ。まさか男の格好をした女がいたなんて」
「あーあ、もう嫌。せっかく男の体が食べられると思ったのに」
「そのアイズの女は私が食おう。だから今日のところは我慢して……」
「ふざけないで! あなたの分はさっき手に入ったでしょ! 美人のご令嬢が! あなただけいいお肉を食べようなんてズルいわ!」
俺が女だったことで、夫婦喧嘩が始まってしまった。
いや、それより。『あなたの分はさっき手に入った』? 『美人のご令嬢』?
二つのキーワードが俺の頭を駆け巡り、最悪の推測が導かれた。
あの時、聞こえた悲鳴は……。
「あ、ああ。そうだな。あのアイズの女は輸出用にしよう。私の夕食は、こっちだったな」
モーグモは部屋の隅にあるカーテンの元に歩いた。カーテンが開かれると、奥にはドレス姿の女性が縛り上げられていた。俺と同じく、手足と首を手錠で拘束されている。白色の大きなまな板の上で、彼女は眠っていた。
俺は思わず、彼女の名を呼んでいた。
「フロマ……」
フロマ・ミカウツも、モーグモに捕まっていた。何故、なんて疑問は抱くまでもない。
「モーグモ! フロマを放せ!」
俺が叫んでも、モーグモとターヴェルは聞く耳を持たなかった。
「手放すわけないだろう。こんな上質な肉、なかなか手に入るものではない。ミカウツ家のご令嬢だ。さぞかし、いい餌を食べてきたのだろう。この柔らかい肉が、どんな味なのか楽しみだ」
フロマは目が覚めたようで、だんだんと目を開いていった。そして辺りを見渡すと、状況を理解したようで、絶叫した。
「キャアアアアアアアアアア! やめて! 離して!」
俺がウォレットと会話していた時に聞いた叫び声と同じだ。恐怖と絶望に包まれた悲鳴だった。
あの時、フロマはモーグモに捕まったのか。その後、この部屋に拘束されたのだろう。
「騒ぐな。この部屋は防音室じゃないんだ。外に声が漏れるだろう」
モーグモは低い声で言った。
何? 防音じゃないのか? だったら、今俺が叫べば……。
と思った矢先、モーグモは俺の方を見た。
「もちろん、叫んだら即刻殺す」
ダメか。当たり前だが。
「できればじっくり殺したいのだ。騒いでくれるなよ」
モーグモがフロマに近付くと、フロマは静かに涙を漏らした。
「ヤ、ヤダ……。死にたくない……」
フロマは完全に怯えきって、体をブルブルと震わせていた。
「死にたくないだろうね。だから私達は命をいただくことに感謝して、『いただきます』というのだ」
モーグモはじっくりと、フロマの肉体を見つめていた。
フロマは俺の存在に気付くと、涙ながらにモーグモに訴えた。
「クロム! あなたまで……。お願い! 殺さないで! クロムとわたしを殺さないで! なんでもするから!」
それを聞くと、モーグモはいやらしく笑った。
「なんでもするのか。ならば、私の血肉になってもらおう」
モーグモはフロマの色白な太ももに手を添え、口を近付けた。
「美味しそうな太ももだ。たっぷり堪能させてもらうぞ」
フロマが恐れおののくのを無視して、モーグモは歯を剥き出しにする。
そして、フロマの太ももが無残にも噛みちぎられた。




