第154話 「悪食の貴族」
ゆっくり、ゆっくりと。
視界が開けていく。
脳が思考を取り戻し、意識がはっきりしてくる。
まだ瞼が重いし、体がだるい。
俺は何をしていたっけ。
ああ、思い出した。
思い出した!
「ここは……どこだ」
俺は怪しい部屋に入って、麻酔針を食らって倒れたんだ。気を失って、気付いたらここにいた。
またしても、見知らぬ部屋だ。
薄暗く、生臭い。やたら静かだ。灰色の天井が見える。
『天井が見える』?
じゃあ俺は、寝転んだ状態なのか。
いや、『寝転んだ』なんて生易しい状況じゃない。
俺は硬くて白い板の上に乗せられて、両手両足を手錠で拘束されていた。首にも手錠がはめられていて、頭が自由に動かせない。完全に五体を封じられた状態だ。
「俺は……捕まったのか」
誰に? まさかチェルダード警察じゃあるまい。
俺は、最近耳にした事件を思い出した。
アーネの街では誘拐事件が多発している。俺を捕まえた犯人は、その誘拐犯なのか?
状況は少しずつ分かってきた。あの部屋は人間を捕まえるためのトラップだ。俺はその罠にまんまとひっかかってしまったというわけだな。だがユリーナを助けられただけ良しとしよう。
ユリーナならすぐにみんなに助けを求めてくれるはずだ。仲間の救助を待つとしようか。
仲間という希望が見えたためか、俺の心には余裕が生まれてきた。
だがそんな余裕は、顔を傾けた直後に消えることになる。
「なんだ……あれは……!」
俺が右を向いた時、目に映ったのは死体だった。ただの死体ではない。
バラバラに切断され、お洒落な大皿に乗せられた、女性の死体だった。
首や腕や足や胴体が、綺麗に切られている。お皿の上には死体の他にも野菜やソースがかけられていて、さながら料理のようだった。皿の真ん中に盛り付けられている頭部が、まっすぐにこちらを見ていた。
『彼女が何をされたのか』。『彼女はこれから何をされるのか』。容易に予想ができた。
「おっと。もう目が覚めたのか」
笑いを帯びた狂気的な声が聞こえた。どこかで耳にした声だった。
「麻酔があんまり効いてなかったか。見かけによらず、健康的な体をしている男だな」
俺が声の方を向くと、太った中年男性が俺を見下していた。まるで、家畜を見るような冷たい目だ。
こいつの顔、見たことがある。ダンスパーティーの開始時に、貴族達に挨拶をしていた男だ。
モーグモ・グローランス。このダンスホールの持ち主で、このパーティーの主催者だ。
「健康的な男性……いいじゃない。素敵だわ」
モーグモの隣には、彼の妻であるターヴェル・グローランス夫人もいた。夫と同じく太った体型で、汚く笑っていた。
モーグモとターヴェルは俺のことを男と呼んだ。今の俺はドレスではなく、アイズの男性用制服を着ている。男だと思うのが普通だ。
「俺を眠らせて束縛したのはお前らか?」
俺が聞くと、モーグモは答えた。当然だと言わんばかりに。
「そうだ。アイズの隊員がいたのは驚いたが、捕まえてしまえばこっちのもの。やられる前にやってしまおうという訳だ」
「あの皿の上の死体も、お前らがやったのか? 貴族が殺人なんかに手を染めていたとは驚いたな」
俺が言うと、モーグモは不思議そうな顔をした。
「何? 私たち夫婦を捕まえに来たのではないのか? ……まあ、どちらにせよバレてしまったのは変わりない。口封じとして、死んでもらおう」
困った。今の俺は身動きできない。体を縛っているのがロープだったら、縄脱けができたかもしれないが、生憎ロープではなく鉄の手錠だ。脱出は困難。ならば、仲間達が助けに来てくれるまで時間を稼ぐしかない。
「なんで殺人なんかしてしまったんだ。貴族の暮らしを失うことになるかもしれないんだぞ」
とりあえず、会話で時間を稼ごう。モーグモは余裕の表情で、俺の話に答えた。
「そうもいかない。これは私達の財産に関わってくる問題だ。グローランス家が貿易業で儲けているのは聞いたことがあるだろう。その貿易のためには、人の命を頂かなくてはならない」
「人殺しと貿易に、なんの関係があるんだ」
その答えは、薄々分かっていた。だが、俺は時間稼ぎのために質問をぶつけた。
返ってきた回答は、予想通りのおぞましいものだった。
「私達の商品は、人肉だ。人を殺して、その肉を売り捌いていたのだ」




