第153話 「救助開始」
ユリーナは再度部屋の中を確認し、そして眼前の事実を認識した。
ここに倒れていたはずのクロムがいない。
そもそも、この部屋のドアは閉ざされていたはずだ。何故、こんなにも大胆に開けられているのか。
「ユリーナ! クロムはどこだ!」
室内を見渡すエリックに、ユリーナは答えた。
「ここ……にいたはずなんですけど……。クロムさんが消えちゃってます」
「はぁ!?」
人体が突然消失することなどありえない。となれば、クロムは誰かが運んだと考えるのが妥当だ。気を失ったクロムが動けるはずがない。
ユリーナは、この部屋が先程の部屋とは違う可能性も考えた。クロムが閉じ込められた部屋とは別の部屋である可能性だ。
だが、地面にはユリーナが突き飛ばされた時に出来た跡がある。ここは紛れもなく、さっきの部屋だ。
「み、みんな気をつけて下さい! クロムさんは急に倒れて、そしたらここの扉が閉まったんです! 何か仕掛けられているかもしれません!」
ユリーナは罠の存在について警告した。するとウォレットは地面に落ちていた小石を拾い、部屋の奥に向けて投げた。
「ユリーナ君が言っているのは、これのことか?」
ウォレットが投げた石は部屋に設置されていた箱型の機械に激突した。ガシャリと破壊音を鳴らして、そのマシンが壊れる。
「エリック君、あれが何か分かるかい?」
「ん? あれは……物体を高速で発射する機械だな。軽い固体を飛ばすのに向いてる」
「ふむ」
ウォレットはその壊れた発射機に近付き、中身を確認した。
「中には細長い針が入っているね。これを発射したのかな。しかも針の先端には液体が付着している。ミミ君、この液体を調べてくれないか?」
「はい」
ウォレットに言われて、ミミは針を掴んだ。そして、ポーチから薬品検査器具を取り出す。これは様々な液体や気体を調べるための道具だ。どんな物体で、どれほどの濃度なのかが分かる。
ミミは針の先端に付いている液体を、薬品検査器具を使って調べ始めた。
「ミミ君が調べている間に、この部屋の調査を進めようか」
「おいちょっと待てよ」
クロム隊に指示を出すウォレットに対して、エリックが意見した。
「なんでてめーが仕切ってんだよ。てめーは部外者だろうが」
「部外者とは心外だね。僕様は君達の協力者だよ。それに、今は緊急事態だ。分かるだろう? フロマの安否が不明で、クロム嬢がこの部屋に閉じ込められ、しかも彼女はこの部屋から消えたという。状況は不可思議かつ不明瞭だ。一刻も早く、事態を解決しなければならない。それならば優秀なリーダーが必要だろう。クロム嬢はここにいない。この隊に副隊長はいるかね?」
「……ファティオ副隊長は、今はここにいねーよ」
「だろうね。僕様が持つ情報通りだ。ならば、このメンバーを仕切るのは僕様が適任だ。それとも、何人もの人間に指示を出してきた僕様より、リーダーに相応しい者がいるなら、その人に任せるがね」
「くっ……」
認めざるを得なかった。実際、現時点でウォレット以上の指揮官はいない。クロム隊のメンバーでないウォレットだが、この場においては誰よりもリーダーの素質があった。
「分かったよ。てめーに従うから、必ずクロムを見つけ出せよ!」
「言われなくても、そのつもりだ。さてユリーナ君。クロム嬢が消えるまでの経緯を教えてくれないか」
「はいっ!」
ユリーナは自身の目で見た情報を伝えた。
「フロマさん……でしたっけ? 彼女が悲鳴をあげた場所を探して、ここに来たんですよ。そしたらこの暗い部屋に着いたんです。そしたら急にクロムさんが『危ない!』って言って、私をこの部屋の外に出しました。そしたらクロムさんが倒れて、扉が閉まったんです。扉が開かなくてクロムさんの様子が分からなくって、みんなを呼ぶことにしました」
「それで今に至る、と」
薬品の検査を終えたミミが、ウォレットの元に来た。
「液体の正体が分かりました。あれは、麻酔薬です。わたし達が戦闘に使うのと同じ毒です。あれが体内に入ると、すぐに気を失います」
麻酔薬。それが発射装置に装填されていた。
当然そこには、何者かの悪意が隠れている。
「麻酔薬か。ならばこの部屋は、人間を捕獲するための部屋かもしれないね」
「捕獲、ですか?」
顔を暗くするユリーナに、ウォレットは答えた。
「そうだとも。奴隷商人などがよく使う手だよ。何気ない小部屋を装い、部屋に入ってきた人間を眠らせる。そして、扉を閉めて脱出できなくさせるんだよ。黒い害虫を捕まえるアレみたいなものだ」
「そんな……! 人間を虫みたいに扱うなんて!」
ユリーナは憤りの表情を見せた。
「外道の所業だね。奴隷商人にとっては、奴隷なんてそれこそ虫みたいなものだろう。だからこんな手段すら使える。クロム嬢は部屋に入った時、あそこにある監視カメラに見られた。そして、カメラの向こう側にいる人間の操作で、発射装置が麻酔針を放ったのだろう。クロム嬢は君の安全を確保し、そして麻酔毒を受けた。その後、扉が閉められて、クロム嬢は何者かに運び出された。ユリーナ君が僕様達を呼びに行った隙にね」
ウォレットは首を傾げて、手を顎に当てた。
「しかし妙だな。クロム嬢ほどの実力者ならば、みすみす麻酔の罠に引っかかるとは思えない。クロム嬢は警戒心の強い人だというのに」
「それは……私のせいですっ」
ユリーナは目に涙を浮かべて言った。
「私を助けたから、クロムさんは避ける暇がなかったんです! 私がいなかったら、クロムさんは連れ去られなかった……! 私が足を引っ張ったせいで……クロムさんは……っ!」
ユリーナはその場に崩れて、ボロボロと涙を流した。
「うわあああああああああああああああああああああん!」
最愛の女性が、自分が原因で敵に捕まった。その事実が、ユリーナの心に強く突き刺さった。
クロムに認められる人間になりたかった。クロムを守れる人間になりたかった。強い人間になりたかった。
その結果がこれだ。現実は冷たく、残酷だ。
思わず涙が溢れる程に。
でも……。
悔やむユリーナに、ウォレットは手を差し伸べた。
「泣き止みたまえ。そして立ち上がりたまえ。女の涙は強い武器だが、今はそれでは解決しないよ。ピンチの時こそ冷静になるんだ。落ち着いて対処すれば、僕様達にできないことはない。弱い自分を悔やむなら、行動で挽回したまえ」
ユリーナは言葉を失いながらも、ウォレットの手を握って、立ち上がった。
ウォレットは大声で高らかに叫んだ。
「エリック君! ミミ君! ユリーナ君! 今こそ優秀な君達の実力を見せつける時だ! 迅速にクロム嬢を取り戻し、この騒動を解決するぞ!」
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