第151話 「ダンスの影で響く悲鳴」
社員、だと? それはつまり、ウォレットが俺達を雇うということか?
「社員? ウォレットはボク達を雇用したいの?」
尋ねるカインズに、ウォレットは答えた。
「そうだとも! 君達が優秀なのは知っている。是非とも、僕様の部下となって働いて欲しいものだね! どうだい? 給料は君達が望む額を払おう。福利厚生だって充実している。僕様の会社はホワイト企業として有名だからね! 決して悪くない条件なのは保証しよう」
ウォレットの口調に嘘は感じられなかった。俺達を本気で優遇するつもりなんだろう。喜ばしい話だ。だが、俺達はウォレットの下で働くためにルタ大陸に来たんじゃない。この大陸にいるのはあくまで身を守るためで、できれば早くにチェルド大陸に戻ってアイズの活動を再開したいところだ。
「いい話だが、断らせてくれないか。俺は金儲けのためにこの国に来た訳じゃないからな」
「ふむ。この条件もダメか。困ったな。僕様は君達に何を要求すればいいのだろう」
それは俺が答えられることではないな。
「よし分かった。ならば……」
ウォレットが何かを言おうとした矢先、ダンスホールに響く悲鳴が非常事態を告げた。
「キャアアアアアアアアアア!!」
甲高い女の声。恐怖と絶望にまみれたような絶叫だった。
しかもこの声、聞き覚えがある。自信家で友達思いの、彼女の声に似ていた。
そしてその声を幾度も聞いたであろう、ウォレットが呟いた。
「この声は……フロマ!?」
フロマ・ミカウツ。ウォレットの妹。
彼女に危機が訪れていることは、確認するまでもなく理解できた。
俺はすぐさま全員に告げた。
「俺とユリーナは様子を見に行く! カインズは高いところに登ってダンスホール全体の様子を探れ! エリックとミミは待機! ウォレットの身の安全を確保しろ!」
クロム隊のメンバーは皆、修羅場をくぐってきた。緊急事態が唐突に現れようとも、意識を瞬時に切り替えて行動ができる。
全員が、同時に返事をした。
「了解!」
俺はユリーナを連れて、声が聞こえたと思わしき場所に来た。
その時、会場に放送が鳴った。若い女性の声が、ダンスホールに警告を告げる。
『緊急放送です! ただいま、会場内に不審者が現れました! 会場の皆様は警備員の指示に従い、落ち着いて避難して下さい!』
会場では警備員が走り回り、パーティー参加者の貴族達を避難させている。多少の混乱や喧騒は見られるものの、スムーズに避難は進んでいるようだ。
「不審者ですか。これはアイズの出番ですね!」
ユリーナは安心の表情を浮かべた。状況が即座に分かり、警備員という戦力が味方につき、貴族の避難が素早く行われたことに対する安心だろう。中央都市の一件に比べれば、事件の規模も小さく、被害や人民の混乱も少ない。
だが俺は、この放送に違和感を抱いていた。早い。早過ぎる。
フロマが悲鳴をあげてから、まだ15秒も経っていない。なのに、『不審者が出た』という情報が会場に開示された。状況把握と情報伝達が早過ぎる。
『不審者が出た』という情報は、果たして正しいのだろうか。
俺の考えすぎだろうか。フロマが悲鳴をあげる前に不審者の存在が明らかになっていた可能性もある。また、このダンスホールの情報伝達が円滑に行われただけかもしれない。
だが、もし、この放送に何らかの『意図』があるとしたら。外部からの侵入者はいないとしたら。
俺達は警戒して進む必要がある。
「この部屋が怪しいな」
俺達が行き着いた先は、ダンスホールの端にある部屋だった。鉄製の扉が思いっきり開かれており、部屋の中は暗く冷たい。なにやら、不気味な雰囲気があった。何のためにあるのか不明な部屋だ。
あからさまに怪しい。何でダンスホールにこんな部屋があるんだ。
怪しいからこそ、ここを調べない訳にはいかないな。
俺は慎重に一歩を踏み出し、部屋の中に入った。
「誰かいるか?」
返事はない。人どころか、物すら置かれている気配はなかった。あるのは、監視カメラが数台。
「何だこの部屋……」
「クロムさん、何かありましたか?」
ユリーナが楽しげな足取りで部屋に入ってきた。
その時だ。その時、俺の警戒心が激しく高鳴った。ここにいてはいけないと、心のアラームが鳴る。
何かが、来る。
考えるより先に、俺は行動に移っていた。
「ユリーナ、危ない!」
俺はユリーナを突き飛ばし、部屋の外に弾き出した。ユリーナは強く尻餅をついて、「キャッ!」と短く言った。
「クロムさん、どうしたんで……」
ユリーナの言葉は最後まで聞き取れなかった。腕に鋭い痛みが襲ってきたかと思うと、俺の意識は大きく掻き乱された。思考が困難になり、体が上手く動かない。
覚えのある感覚だ。麻酔針を打たれた時や、オーディンの武器『ジャンバラ』の能力を食らった時の感覚。
「ユ、リーナ……逃げ……ろ……」
かろうじて、その言葉だけは出せた。意識が遠のくのが分かる。瞼が重くなっていく。体が倒れてしまう。
地面に這いつくばりながら、必死で目を開いていると、鉄の扉が閉まるのが見えた。ユリーナと俺を隔てるように閉ざされた扉が、重々しい音を響かせた。
光の無い暗黒の部屋に閉じ込められ、俺は気を失った。
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