第149話 「ウォレットの情報網」
ウォレットは俺の名前と肩書きを述べた。
こいつ、俺のことを知っている……?
「ああ、警戒しないでくれたまえ。君が警戒心の強い人間だということは知っている。僕様が君の正体を見破って、少し警戒しただろう? だが安心するといい。僕様は君達に危害を加えるつもりはないし、君達のことを世間に吹聴する気もない。ただ単に、話を聞きたいだけさ。そのつもりで来たのだろう? 利害は一致している。さぁ! なんでも頼みたまえ! それに見合う対価をくれるのであれば、僕様は君達に協力する!」
ウォレットは両手を大きく広げて叫んだ。
そこに、会場から出てきたエリックたちがやってくる。
「なあ、クロム。こいつ信用できるか? 俺達の正体を知ってるし、怪しいぜ。本当にこの男に金を借りるのかよ」
エリックはウォレットを指差して、不信の目を向けた。
「ふむ。金銭援助か。国から逃げているのであれば、金に困るのも当然だろうね。いいだろういいだろう。僕様が出せる範囲であれば、いくらでも援助してあげようじゃないか」
ウォレットはやけに簡単に俺達のお願いを聞き入れた。
「ま、待てよ! やっぱり怪しいぜ! こんな簡単に金を貸してくれるなんてよ! ぜってー何か裏がある! 莫大な利息を取ろうとか考えてんだろ!」
「無利子無期限で構わないよ、エリック・ドール君。なんなら、返してくれなくてもいい。だがその代わり、僕様の要求を飲んでもらいたい!」
それを聞いたエリックは、二、三歩後ずさりした。
「まさか、体を要求する気か!? やめろ! 俺の純潔は渡さねぇ!」
「安心したまえ、エリック君。僕様は兄上と違って、男には興味は無いからね」
ウォレットは俺の手を握って、顔を近付けた。
「僕様が興味を持つのは貴女だよ、クロム嬢。僕様は貴女を見た時、自分の人生を捧げる価値がある女性だと確信した。端的に言おう。僕様は君に一目惚れした! だから、金などいくらでも渡そうじゃないか。それだけの価値が、貴女にはあるのだから!」
「待て待て待てぇーっ!」
エリックはウォレットの襟元を掴み、威嚇するように叫んだ。
「ただでさえクロムを取り巻く三角関係……いや四角関係でややこしい事になってんのに、てめーまでクロムに告白してんじゃねーよ! 確かにクロムは魅力的だがなぁ! 恋敵は二人で十分だっての! てめーはでしゃばるな金髪お坊っちゃま! ほらクロム! こんな変質者に頼るのはやめよーぜ!」
そういう訳にもいかない。
「黙れエリック。話をややこしくするな。あと、お前も変質者だろ」
ウォレットに何を要求されると思ったら、報酬はまさかの俺か。予想外の提案だ。
「どうかな? クロム嬢。このエリート貴族とお近づきになりたいと思う女性は多い。自分は価値ある人間だと思うがね?」
独特のアプローチをしてくるウォレットに対して、俺が出した答えは。
「その前に、お前に質問がある」
「ん? 何だね?」
「お前は何故、俺達のことを知っていた? 俺達がアイズであること、俺達が逃亡者であること、そして俺やエリックの名前。一度たりともお前に教えた記憶はないが、どうやって知り得た?」
ふざけた口調で話すこいつの、真意が読み取れない。俺達の情報を知っていることといい、不可解な男だ。エリックの言う通り、こいつは怪しい。底知れぬ穴のような不気味さがある。警戒するなという方が無茶というものだ。
「やはり警戒を解いてはくれないか。では正直にお答えしよう。実は、君達のことは事前に調べていたんだよ。いや。『君達のことも調べていた』と言った方が的確かな。僕様は世界中の情報を集めていてね。古今東西のあらゆる情報が僕様のところに集まってくる。当然、君達のこともね」
「情報を? 何のために」
「より多くの利益を得るためさ。僕様は利益になる行動しかしない。情報無き者は損をする。だからミカウツ家の情報網を駆使し、色んな情報を手にしているのだよ」
利益になる行動しかしない、か。エリート経営者らしい信条だ。
「利益を求めるなら、俺を手に入れるためにお金を貸すのは何故だ。そんなことしたら損だろ」
「僕様の言う『利益』とは、単にお金だけを指す言葉ではない。僕様が欲しいと思う、全てのものだ。僕様がやりたいことをして、僕様が喋りたい言葉を発し、僕様が望む生き方をする。それが僕様の『利益』だ」
ふむ。だから俺を欲したと。だがそれはそれとして。
「分かった。だがお前の要求は承諾しかねる」
お金が欲しいからと言って、自分を売るつもりはない。
あんな思いは……7年前のような思いは……もうしたくないからな。
「そう答えると思っていたよ。僕様の調査通りだ! 僕様は馬鹿じゃない。金で人の心が買えるとは思っていないさ! 先程の要求は忘れてくれたまえ。ちょっと言ってみただけさ。僕様は別のものを要求するとしようか。でも君に惚れたのは本当だとも。ああ、本当だ。僕様は嘘が嫌いだからね。嘘を吐くと信頼を失う。信頼を買い戻すのは高くつくんだよ。だから僕様は必要な時以外は嘘を吐かない。僕様は信頼と安心のウォレット・ミカウツだからね!」
無駄に長い台詞を吐いたウォレットは、少し遠くの小部屋を指差して言った。
「あそこに更衣室がある。その手作りドレスを脱いで、アイズの制服に着替えるといい。僕様に会ったのだから、もうドレスを着る必要はないだろう? それとも、まだダンスを楽しみたいかい?」
「……ああ。そうさせてもらおう」
こいつ、このドレスが手作りであることまで知っているのか。俺達のことを調査したと言ったが、どこまで知っているんだ?
ウォレット・ミカウツ。謎の多い男だが、俺達に協力してくれるのは確かだ。そこは素直に感謝しておこう。
俺はドレスを脱いで、着慣れたアイズの制服で身を包んだ。




