第147話 「フロマ・ミカウツ」
カインズとのダンスを終え、ウォレットを探す作業に戻っていると、見知らぬ女性に話しかけられた。いや、正確に言うと、俺の隣に立っていたカインズが話しかけられた。
「まあまあ。あなた、もしかしてカインズ様ではなくて?」
金色の長髪をなびかせ、麗しい立ち振る舞いをしていた。彼女から発せられる丁寧な言葉遣いから察せるが、どう見ても貴族だ。カインズの知り合いか。
「はいそうですけど……って、あなたはフロマさん? 大きくなりましたね」
フロマと呼ばれた女性は、優雅にお辞儀をした。
「お久しぶりでございます。5年ぶりでしょうか。このフロマ、カインズ様に再びお会いできて嬉しゅうございます」
「いいんだよ、そんな丁寧にしなくても。ボクの両親はいないんだしさ」
「え、そうでしたの? では……」
するとフロマは息を吸い、高らかに笑ってくるりと一回転した。
「おーっほっほっほ! 久しぶりねカインズ! このフロマにまた会えたこと、墓に埋まるまで感謝しなさい!」
フロマは口元に手を当て、もう一度「おーっほっほっほ!」と高笑いした。
「…………なんだこいつ」
先ほどまでの礼儀正しい態度とは打って変わって、人を見下すような高飛車な態度になった。まるで人格が変わったみたいに。
「カインズ、お前の知り合いか?」
「ええ。彼女はウォレットの妹の、フロマ・ミカウツといいます。前にアーネを訪れた時に、仲良くしてもらいましたね」
「まさかとは思うが、多重人格者とかじゃないよな」
「違いますよ。彼女は見ての通りの性格ですが、ボクの両親の前ではお淑やかなふりをするんです」
「何故だ?」
「お父様が礼儀作法についてフロマさんに説教したことがあるんです。それ以降、ボクの親の前では演技をしているんですよ」
「なるほど。理解した」
あのおっさんが怒ったのなら、それはそれは怖かっただろう。幼き頃のフロマ嬢が震えあがる姿が容易に想像できる。
あの男が他人の娘に叱るとは意外だったが、おそらく「礼儀のなってない小娘が誇り高きハルバート家に近づくな!」とか言ったんじゃないだろうか。あいつは、一族の誇りを重んじているからな。
「あらあら。わたしを差し置いて他の女性とおしゃべりとは、随分失礼なのね!」
フロマはカインズを指差して言った。
「どなた様なのかしら? わたしに紹介しなさい!」
「ええっと……」
カインズは俺の耳元に口を近付け、そっと耳打ちした。
「どうします? 本当のこと言っちゃっていいですか?」
俺達は身を隠したい状況なので、できれば本名を名乗るのは避けたい。だが、闇雲に嘘を言うのは危険だ。
「ウォレットに協力を頼む以上、彼の関係者に嘘を言うのは得策じゃないな。信用問題に関わる。名前だけは本当のことを言え。他のことは言わなくていい」
「了解です」
フロマは訝しむように俺達を見た。
「ねえ、どうしたの?」
「いえいえ。なんでも」
カインズは適当に誤魔化し、俺の紹介をした。
「彼女はクロムさん。ボクの大切な女性です」
うん。嘘は言ってないな。でも、苗字を名乗ってないのは怪しまれるだろうか。
だがフロマは掘り下げて聞くことはせず、俺の手を握った。
「クロムね! 覚えたわ! カインズが結婚してたなんて意外だったけど、綺麗な奥さん貰えて良かったわね! わたしとお友達になってくれる?」
なんか一部誤解を含んでいるが、まあいいか。
しかし、友達になる? 唐突だな。
「友達、ですか?」
俺が聞くと、フロマは大声で肯定した。
「そうよ! カインズはわたしの友達。友達の奥さんはわたしの友達よ!」
なんだその理論。
「じゃあ、友好の証に踊りましょうか! ダンスパーティーだもの!」
フロマは俺の手を掴んだまま、強引に引っ張った。
「なっ……」
待て待て。俺達、さっき出会ったばかりだぞ。それなのに仲良くダンスだと?
危うく、いつもの口調で喋りそうになってしまった。
「さあ! わたしと踊れて嬉しいでしょう?」
フロマはグイグイと俺をリードする。カインズみたいに上手く誘導できてないせいで、俺の動きも多少変になってしまう。それでフロマは違和感を表に出したが、また自信たっぷりの表情になって踊りを続けた。
「あなた、あんまり上手くないわね」
フロマは容赦なく言った。
しばらくフロマと踊った後、俺とフロマはカインズの元に帰ってきた。
カインズは拍手をして俺達を迎えた。
「お二人とも、お上手です」
そうか? カインズと踊った時の方が上手く踊れたと思うが。
「楽しい時間だったわ! でも、わたしはそろそろお父様のところに行かなくちゃ。じゃあね、クロム。わたしと別れるのは悲しいだろうけど、ハルバート家に嫁いだなら、涙は安易に流すものではないわ」
そしてフロマはまた「おーっほっほっほ!」と笑ってどこかへ行った。
「変わった奴だな」
「ですね。自分が大好きなので、あんな調子なんですよ。でも、本気で他人を見下したりはしませんよ。本当は友達思いで寂しがり屋のいい子なんです」
「そう……なのか?」
カインズが言うなら、信じるか。
「仲良くしてあげて下さい。あ、そうそう。ウォレットの性格はフロマとそっくりなので、フロマみたいな口調の男がいたら十中八九ウォレットですよ」
「なるほど。似たもの兄妹か」
そうだ。俺達はウォレットを探しに来たんだ。フロマと踊りに来たんじゃない。
俺はまた、ウォレット探しを始めた。




