第142話 「いざ混浴」
「見ないでくださいよエリックさん!」
「見てねーよ!」
タオルを体に巻いたユリーナが、銭湯の浴槽に浸かる。同じように、タオルを腰に巻いたエリックも浴槽に入った。俺もアレイシアもミミもカインズも、タオルで体を隠しながら一緒の風呂に入っている。
「まさか混浴とはね。知らなかった」
カインズは混み合う風呂場の中でゆっくりとくつろいでいた。人気の銭湯というだけあって、客の数は多かった。おかげで狭いし、うるさい。こんな悪条件でも、安いというだけで人は集まるのだろう。
流石に脱衣所は男女共用ではなかったが、浴室に男女の境がないと、何かトラブルが発生しそうだな。
「クロムさぁ、あんた男みたいな胸してんだし、タオル取ってもいいんじゃない?」
アレイシアが俺の胸元を触りながら言ってきた。
「そんな訳ないだろ。どんな理屈だ」
他のお客さんの中にも胸が慎ましい女性は何人かいたが、無論タオルを付けている。
「聞いてくださいよクロムさん! エリックさんが私を舐めまわすように見てくるんですよ!」
ユリーナが俺にしがみついて訴えてきた。
「だからお前は見てないって言ってるだろ!」
と弁明するエリック。
「俺が見てるのはクロムの体だよ!」
こいつ本当に正直者だな。内なる欲望だだ漏れじゃないか。
「エリックはいつでもどこでも通常運転だな」
混浴なんてしたら銭湯にこのような変態が大量発生しそうな気がしてならない。
100ヴァルエ銭湯が安い理由は、徹底した経費削減にある。浴室を男女共用にしてスペースを減らし、消費するお湯の量や電気代を減らす。券売機を導入して人件費を減らす。こういった節約の結果、100ヴァルエというお値段で風呂を提供できるのだ。文句は言えない。
「クロムさん、私が背中流してあげますね」
ユリーナが俺の背後に回って、タオルで背中を洗ってくれた。俺やカインズ程じゃないが、素早い動きだった。戦闘訓練の賜物だろう。ユリーナの成長が垣間見える。
「そういえば、クロム隊のみんなで風呂に入るのは初めてだな」
アジトにも風呂はあるが、男女が一緒に入ったことはない。入浴時間をずらしてあるからな。たまにエリックが俺の入浴中に風呂に侵入しようと企んでくるが、あれは一緒に入浴したとは言わない。ただの覗きだ。
覗きは良くないが、共に風呂を楽しむというのは悪くない。そもそもアジトの風呂は感染症対策のため、一つの浴槽に一人しか入れない。複数人で同じ浴槽に入ること自体、久しぶりだ。これでファティオがいれば、クロム隊全員集合だったんだがな。
「でもこのお風呂、感染症とか大丈夫なんですか?」
「カインズが言うには、ちゃんと衛生団の衛生調査を合格しているらしい。感染症対策はバッチリだろ」
「そうですか。よかったー」
本当にな。見知らぬ外国で重い病気になったりしたらたまったもんじゃない。
「わ、わたし……そろそろ上がりますね……」
ミミは体を洗い終わると、いそいそと風呂場を出て行き、脱衣所へ向かった。ミミは人が多い所が苦手だから、あまり長居したくなかったのだろう。
「俺達も出るか」
体はもう洗ったし、ここに用は無い。目立たないように動く以上、人目につく場所に長時間いるのは得策ではなかった。
100ヴァルエ銭湯を後にした俺達は、そろそろ寝ることにした。空はとっくに暗くなっているし、無駄に夜更かしする必要なない。さっきの草原で睡眠を取ろう。と言っても、強盗や野生動物が来たら困るので、ローテーションを組んで見張りをする。草のベッドの上で、みんなはスヤスヤと眠りについた。今はカインズが周囲の見張りをしている。だが、実質的な見張り担当は二人だ。俺は熟睡をしない。眠っている時も周囲に警戒をし続けている。寝込みを襲われても対処できるように、訓練されたからな。だから見張っているのは俺とカインズの二人ということになる。
「クロム隊長。起きてますよね」
寝転ぶ俺に、カインズが小さな声で聞いてきた。
「どうしたカインズ。敵襲か?」
「違いますよ。ちょっとお話がしたかっただけです」
「話?」
「はい。クロム隊長って、寝てる時も周囲を警戒してますよね。それって、いつから続けてるんですか?」
「俺がアイズに入って、ロマノの元で修行を始めた頃からだな。警戒しながら寝ることも、修行の一環だった」
警戒こそ、『アイズ流護身術』の真髄。いや、本質と言ってもいい。基本中の基本だからこそ、俺は恒常的な警戒を強いられた。
「辛くないですか? 寝てる時ですら心が休まらないなんて」
「警戒が俺の強さの根源であって、俺のアイデンティティーだからな。今更やめるつもりはない」
「警戒なんかしなくたって、クロム隊長は強いじゃないですか」
「そう思うのは、お前が『警戒してない俺』を知らないからだ。俺の瞬発力や反射神経は、警戒心がなければ飾りにしかならない。常に周りに注意しているから、俺は俺でいられるんだ」
そう言うと、カインズは黙ってしまった。長いような短いような沈黙が続いた後、ふっとカインズは口を開いた。
「ボクが側にいても、安心できませんか? ボクじゃ、力不足なんでしょうか」
「違う。俺はお前が頼りないから警戒を続けてるんじゃない。近くにどれだけ強い奴がいても、俺は警戒をやめないだろう。俺は、油断することが怖いんだ。本来の力が出せず、不幸な結果を招いてしまうからな」
後悔してからじゃ遅いんだ。失ったものが帰ってくるとは限らない。だから俺は強くありたい。心構え次第で、俺は強くも弱くもなれる。
「そうですか……」
カインズは俺の顔を見て、言った。
「でもいつか必ず、クロム隊長が心の底から安心できるようにしてみせます」
それを聞いた俺は、一言だけ呟いた。
「そうか。楽しみにしてるよ」
そしてまた、浅い浅い眠りに落ちていくのであった。




