第139話 「野宿の夜」
俺達は早速、アーネの街に向かった。
アーネは第三次工業が盛んな街だ。ルトゥギアのサービス業の歴史は、アーネの歴史と言ってもいい。商売に非常に重きを置いており、住人達も商人が多い。金と物が最も動く街、それがアーネだ。……と、カインズが教えてくれた。
ちなみに、第一次産業が盛んなのがポロクロロで、第二次産業が盛んなのが首都ルトゥギアだ。
アーネの街並みは、なかなかに都会だった。中央都市を見た後なので、あまり驚きはしなかったが、中央都市に来る前に来ていたら目を見開いていただろう。
やはり、都会というものは騒々しかった。人ごみと喧騒に塗れている。高層ビルがいくつも建っていて、威圧感があった。ラトニアみたいに程よく発展していて程よくほのぼのした雰囲気が、俺には合っているな。
「この街に、カインズの友達がいるのか?」
「はい。でも彼はあっちこっちに動き回っているので、簡単には会えないかもしれません」
カインズはそう言いながら、辺りを見渡していた。カインズの視力でウォレット・ミカウツを探しているのだろう。
「そのウォレットさんって、落ち着きがない人なんですか?」
ユリーナが聞いた。
「いや、ウォレットは仕事熱心でね。少しでも多く稼ぐために取引先の会社に行きまくってるんだよ」
ウォレットは会社の経営者だと言っていたな。社長自ら足を使って商談を取り付けるとは、活動的なリーダーだ。
「ウォレットはむしろ落ち着きすぎかな。どんなピンチでも、冷静な判断ができる。有能な男だよ。普段はテンションが高いけどね」
冷静なハイテンションって、なんだそれ。
カインズに連れられて、俺達はウォレットが経営する会社のうちの一つにやってきた。5階建ての大きなビルだが、これでも小さな支社だという。看板には、『ウォレット不動産』と書かれていた。
「ウォレットは不動産屋なのか?」
俺が聞くと、カインズは首を横に振った。
「不動産だけじゃないですよ。貿易会社とか、宿泊業とか、食品会社とか、他にもたくさんやっています。多才ですから」
経済の街アーネにふさわしい貴族だな。経営とか、俺には想像もつかない世界だ。
「ボクが話をつけて、ウォレットに会わせてくれるように頼んでみますよ」
カインズが不動産の建物に入っていった。
「ああ、頼む」
あまり目立ちたくない以上、全員で行くよりカインズ一人に行かせる方が無難だった。
しばらくした後、カインズは建物から出てきた。
「どうだった?」
だがカインズは「残念ながら」と言った。
「ウォレットはここにいないようです。今はルトゥギアにいるとか。おかしいなぁ、昔はこの支社によく来ていたのに。まぁ、でも5年以上前の話か」
カインズがルタ大陸を訪れていた時は、ウォレットはこの建物によく赴いていたのだろう。
「ルトゥギアからいつ頃帰ってくるって?」
「それは分かりません。聞いてみたんですが、知らないそうです」
困ったな。ウォレットに資金援助してもらう計画は頓挫したか。
「仕方ない。今日はやっぱり野宿だな」
誰も反対はしなかった。金がないから仕方ない。
今日は情報を集めつつ、夜を越す準備といこうか。
ルタ大陸が夜の闇に包まれた頃。俺達は野宿の場所を決めた。街の隅に広い原っぱがあったので、今夜はここを使わせてもらおう。人けも無いし、静かだし、動物の糞が落ちていない。悪くない条件だ。あとは食料があれば完璧だな。俺は焚き火を起こし、光源を用意した後で食料調達に向かった。目指すは、近くの森だ。
「羽虫の幼虫と、雑草。それと木の枝か。これだけあれば十分だろ」
俺は両手で持ちきれない程の食料(現地調達)を地面に置き、みんなに差し出した。簡単に手に入ってラッキーだ。これでみんなもお腹いっぱいに……。
「ちょっと待ってくださいクロムさん! 食べ物じゃないですよそれぇ!」
ユリーナは俺が持ってきた食料を指差して叫んだ。
「いくら農村育ちの私でも、流石に虫や雑草は食べません! 枝も!」
「贅沢言うな。食えるだけありがたいと思え」
この時代には明日の食料もない人たちが多い。食べ物に文句を言うなんて罰当たりな。
「これ、食べれるんですか……?」
カインズが茶色い枝を掴んで聞いた。その枝は温暖な気候の地域によく生息する木の枝で、火を通せば食えなくもない。
「食えるぞ。前に食ったことがあるからな。珍味界の生ゴミと言われるくらい絶品だ」
「やっぱゴミじゃないですかぁ!」
ユリーナは渋い顔をして枝を捨てたが、エリックはそれを拾って口にした。ゴリゴリと硬い音がして、木の枝がエリックの喉に吸い込まれていく。
「クロムの言う通り。贅沢言ってる場合じゃねーぞ。俺達は逃亡者で、貧乏人だからな。豪華な食事を求める権利は無ぇ。ルトゥギアの偉い人も言ってたぞ。『貧乏人に人権無し』ってな」
エリックは男らしく枝を全部飲み込んだ。マズそうな顔をする素振りも見せず完食するエリックは、流石野宿慣れしていると言える。
しかし、『貧乏人に人権無し』とは過激なことを言うお偉いさんもいたもんだな。誰だそいつは。
するとカインズがエリックの方を向いて言った。
「あ、その台詞言ったのウォレットですね」
ウォレットかよ。なんか会ってもいないのに既に印象が悪くなったぞ。
「雑草も野菜みたいなものです。黙って食べましょう」
ミミは生の雑草を黙々と食していた。ミミの作る野菜に比べたらはるかに不味いだろうが、食べ物は食べ物である。
「アタシ、ダイエット中なのよね……」
アレイシアはそう言って、食事をしようとしなかった。
「えー、アレイシアさん、スタイルいいじゃないですかー。ダイエットなんて必要ないですよー」
ユリーナがアレイシアの体を見ながら言った。確かに、アレイシアの体には、余計な脂肪がついていない。胸以外は。
「まあ戦ってるから運動は足りてるけどねぇ。部下に最近太ったって言われちゃったし、少し痩せたいのよ」
戦いか。そういえば、アレイシアの戦っている姿をしばらく見ていないな。昔はよく手合わせしたんだが。
「クロムはもっと太りなさいよね。あんたは痩せてんだから」
「俺の戦闘スタイルには、このくらいの体型がちょうどいいんだよ」
「あらそう? じゃあその戦闘スタイルとやらを、久しぶりに見せてもらおうかしら」
アレイシアは立ち上がって、軽く体操を始めた。
「再会の印に、戦闘訓練に付き合ってよ」
アレイシアと訓練か。
「いいだろう。相手になってやる」
相手にとって不足無し。しかし、今は戦闘訓練よりもっと重要なことがある。
「だが、食事が終わってからな」
俺は手元の草と虫を枝に刺し、焚き火で炙り始めた。




