第136話 「ファティオの選択」
ファティオ・ハージは悩んでいた。家族と共にチェルド大陸に残るべきか。それとも、クロムと共にルタ大陸に行くべきか。どちらの選択をしても、自分に嘘を吐いているように思える。
「僕はどうすれば……」
悩んだ末、ファティオは自宅に帰り、家族に相談することにした。妻のフューネラと、娘のコフィンと、息子のグレイブに、全てを話した。
「そんなことがあったの」
フューネラは真剣にファティオの話を聞いてくれた。コフィンもグレイブも椅子に座って聞いているが、話の内容はあまり理解できていないようだ。3歳の子供には難しい話である。
恩人の危機を無視する訳にはいかない。でも、ルタ大陸に行ったらこうして家族で一緒に机を囲める日々がいつ戻ってくるか分からない。ファティオは葛藤の渦に飲まれていた。
「ついて行ってあげたら?」
フューネラは優しい声色でそう言った。
「簡単に言うね。僕がどんな気持ちで相談したか……」
「分かってる。あなたの妻だもの。私たちと離れたくないんでしょ? それで、私たちが寂しがるって思ってる。違う?」
その通りだった。出会った時からずっと、フューネラはファティオの一番の理解者だった。誰よりもファティオの気持ちを察し、隣で寄り添って支えている。
「違わない。君たちは僕の全てだ。世界中の何よりも大切にしている。できるなら、一時も離れたくない」
「ファティオが私たちを愛してくれているのは嬉しいよ。とても嬉しい。でも、私たちはファティオがいなくても大丈夫」
「そんな! 僕なんかいらないって言うの?」
「違う違う。ちょっと誤解を招く言い方だったかな。ファティオには一緒にいて欲しいよ。あなたのことを愛しているもの。でも、そのせいであなたが恩人を見捨てることになるなら、ファティオにはここにいて欲しくない。そんなあなたを見たくないよ」
「フューネラ……」
フューネラはファティオの手に触れた。
「クロムさんにはたくさんお世話になったんでしょ? だったら助けなきゃ。家族を大事にするファティオも、仲間を大事にするファティオも、どっちもあなた。でも、私は頼れる副隊長のあなたを見たいな」
「いいのかい? 君一人にコフィンとグレイブの面倒を見せることになるけど……」
「いいの。母親の底力を舐めないでよね。可愛い子供二人の面倒見るくらいどうってことないから。あなたは安心して、私に留守を任せて」
ファティオは改めて感じた。自分の妻はこれ程までに魅力的で素敵な女性だったのだと。
この人と結婚して良かった。
「ありがとう、フューネラ。おかげで決心がついた」
ファティオはフューネラを抱き締め、優しく撫でた。
家族に依存する自分を、フューネラは温かく見送ってくれた。
だから、遺恨なくこの国を発てる。
「ババ。おしごとなの?」
コフィンがファティオの足元に近付き、白い花で出来た冠を手渡した。
「じゃ、これあげる! このまえつくっらの!」
まだ「作ったの」と喋れない拙い口調で、コフィンは父親にプレゼントを渡した。
「ぼくもあげるー」
グレイブは、小さな木の実をあげた。この前家族で出かけた時に拾ったものだ。
「コフィン……グレイブ……」
ファティオは子供たちからの贈り物を受け取り、力強く言った。
「ありがとう、二人とも。僕、行ってくる」
家族はいつまでも自分を待ってくれる。迷いは消えた。進む先は一つだけだ。
「必ず、この家に帰ってくるよ」
ファティオは出発の準備をして、家を出た。
「いってらっしゃい。ずっとあなたを待っているから」
笑顔で見送る家族を背に、ファティオはクロム達を追って港に向かった。今頃ルタ大陸に着いているだろうか。急がなければ。
クロムを助け、愛する家族に「ただいま」を言うために。
* * *




