第135話 「ツウィエルの本懐」
クロムがアジトのいないとの報告を受け、ツウィエル警視総監は次の策を練った。
もしクロムが外国に逃げたのなら、追うことはできない。国際条例で、各国の警察は他国での捜査を禁じられているからだ。チェルダード警察は、チェルダード王国の領地内でしか捜査はできない。
できるとすれば、犯人の逃走先の国に犯人を引き渡すようにお願いすることくらいだ。といっても、わざわざ犯人を捕まえる手間をかけてチェルダード王国の言うことを聞く義理は無い。『チェルダード王国の反逆者』という、諸外国にとっては比較的どうでもいい犯罪者なら、なおさらだ。
外国に行かれては、クロム逮捕は困難になる。
ツウィエルは部下たちに指示を出した。
「全部隊に告ぐ。国内全ての国際港及び国際空港に人員を投入しろ。クロムは必ず国外に逃げるはずだ。その前に捕らえろ」
その指示は、一歩遅いものだった。既にクロムはチェルド大陸を発ち、ルタ大陸へ向かっている。
だがツウィエル自身も、チェルド大陸でクロムを捕まえられるとは思っていない。ツウィエルは2手先3手先を読んでいた。
「捜査の情報が漏れたのか? 僕の部下が裏切ったのか、もしくはハルバート家の人間が化け物じみた五感で情報を手に入れたのか。どちらにせよ、多少面倒な結果になったな」
ツウィエルは自室で飲み物を嗜みながら、思考に耽っていた。旧式の防音室など、凡人にしか意味を持たない。ハルバート家の聴覚があれば、盗み聞きなど容易い。ならば、会議室の会話が漏れても仕方ないことだ。
ツウィエルの部屋をノックする音が響く。やたら威圧的で、やかましい音だった。
「どうぞ」
ツウィエルが招くと、客人はふてぶてしく入ってきた。
人間離れした巨体に、醜悪な顔。そして紫色のドレスが目を引く、恐ろしい老婆だった。
「お久しぶりです、ブブリアドさん」
ツウィエルはお茶を入れて、机の上に置いた。ブブリアド・ハルバートは客人用の椅子に座り、お茶を一気に飲んだ。
「あなたのような方が来てもいいように、大きめの椅子を用意しているんですよ」
ブブリアドが座った椅子は、とてもとても巨大だった。大の大人が6人は座れそうだ。
「久しぶりだね、ツウィエル坊や。見ないうちに体も肩書きもでかくなったわねぇ」
ブブリアドは不気味に笑って言った。
「あなた程ではありませんよ」
ツウィエルは真顔で答えた。
「ふん、態度もでかくなったようだね。で、話ってなんだい? 下らない用事だったらこの建物を吹き飛ばすわよ」
「冗談だか本気だか分からないことを言うのは控えていただくと助かります」
ツウィエルは資料の束を机に置いた。
「この名簿に載っている人物の中から、できるだけ多くの人を僕の部隊に引き抜きたいのです。あなた程の発言力があれば、簡単なことでしょう?」
資料に書かれていたのは、全員ハルバート家の人間だった。チェルダード王国や他の国で活躍している、有能な人ばかりだった。
「これは……ハルバート家の人間だねぇ。それも、優秀な者達だ。ワタクシに斡旋しろって言うのかい?」
「はい。これから警察がかつての権力を取り戻すには、優秀な人材が必要です。故に、ハルバートの力が欲しい」
「ワタクシはもう当主じゃない。カインズが当主さ」
「存じています。我々の情報収集能力は優れていますから。ですが、カインズ・ハルバートをよく思っていない人も多いでしょう。家出少年が一族の長など、認めがたい。ですので、カインズよりあなたの方が発言力は大きいとお見受けしますが、違いますか?」
「まぁ、強ち間違いじゃないわね」
実際、ブブリアドが一言言えば、ハルバートの人間は言う通りにするだろう。そのくらい、ブブリアドの力は大きかった。だが。
「でもね、だからってアンタのために親戚を紹介してやる義理なんてないよ」
「義理がなくとも、やっていただきたい。僕の悲願はどんな手を使っても成し遂げる」
「『どんな手を使っても』だって? それは強い人間だけ口に出せる台詞さ。弱者に使える手なんてないよ」
「僕が弱いと?」
「ああ、弱いさ。昔の警察は武力と権力と財力を持っていたけどね。今は無い。権力は法の上に成り立ち、法は信頼の上に成り立つのさ。信頼できない法に従う人民はいない。だから信頼できない権力を、人は権力と見なさないのさ」
「その信頼は、これから得ます。実績を重ね、人々に警察の権威を見せつける」
「その第一歩が、クロムを逮捕することだって言うのかい?」
「はい」
ブブリアドはツウィエルを睨みながら笑い、言った。
「じゃあ言うけどね。アンタ達の情報収集能力は優れてなんかいない。クロムは反逆なんかしてないわ。ワタクシはいろんなことが見聞きできるし、嘘を見破ることもできる。だから分かるのさ。誤認逮捕なんかしたら、その『信頼』はさらに無くなるわよ」
するとツウィエルは、僅かな笑みを頬に浮かべた。
「でしょうね。クロムが反逆者である確率は、限りなく低いと思ってますよ。彼女が『執念の手』の一員だとは思えない」
ブブリアドは訝しみ、ツウィエルの心音を聞いた。ごく普通の、落ち着いた音だ。表情に違和感も無い。嘘を吐いている訳ではなさそうだ。
「解せないわね。じゃあなんでクロムを捕まえようとしているのかしら」
「彼女は餌ですよ。クロムを追うことは、僕の計画の一部に過ぎない。無意味ではないが、最大の目的でもないのです」
「餌? 誰を釣る気だい」
ツウィエルはまた真面目な表情で言った。
「決まっているじゃないですか。犯罪者ですよ。世界に害する、大悪人です」
ブブリアドは資料を机に置き、「ふん」と鼻で笑った。
「言うことまででかくなったのかい、アンタは」
「いつまでも坊やじゃないんですよ」
ブブリアドは立ち上がり、部屋のドアに近付いた。
「分かったわよ。何人かの人材をアンタのところに派遣する。不味いお茶の礼くらいはしないとねぇ」
そしてブブリアドは部屋を出た。
ツウィエルは自分の机に戻り、仕事を再開した。
「法の下でみんなが平等な世界を作ってみせる。もう、人類が絶え損なったあの頃とは違うんだ。新しい時代で、誰もが幸せになれる未来を作る」
ブブリアドに聞こえているということは、ツウィエルも気付いていた。
彼の計画は、狂いなく進んでいた。
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