第133話 「容疑者クロム」
その知らせは唐突にやってきた。
『おい、クロム。そこにいるか』
テレビ電話から聞こえた、ヴィルカートスの声だった。なにやら、一抹の焦りを感じる声だ。
「俺ならここにいるが……どうかしたのか?」
ちょうど俺は、アジトの掃除をしていたところだった。ヴィルカートスからの連絡が来たということは、ノーラの件で進展があったのか。
『急いでそこから逃げろ。できれば海外が望ましい』
「逃げる? なんでだ」
『チェルダード警察が貴様を反逆者をして逮捕しようとしている』
「何っ?」
馬鹿な。反逆だと? 俺はそんなことしてないぞ。
『近々、貴様のアジトに警察が来るだろう。今すぐ荷物をまとめ、そこから逃げろ。仲間に別れを告げる時間はない』
「待て。俺は反逆なんて企んでない」
『だろうな。だが、警察はそう思ってないだろう。このまま、無実の罪で捕まるつもりか?』
「無実なんだから逃げる必要はない。堂々と捕まってやる」
『今の警察にまともな捜査能力があるかは疑わしい。確実な証拠も無しに、貴様を死刑台に送るかもしれん。捕まった後の未来は保障できんぞ』
ヴィルカートスの語気が強まる。確かに、その通りかもしれない。自分の身は自分で守るこの時代に、滅びかけの組織なんかに自分の命運を託せるのか。否だ。警察が俺を狙っているのなら、自分に後ろめたいことが無くとも、自分の身は自分で守ってやる。
「それもそうだな。だが、お前は大丈夫なのか? 俺に逃げるように言ったら、共犯者扱いされたり……」
『ハルバート家を舐めるなよ。罪なき人間に協力した程度で捕まるような一族ではない。ハルバート家は王族と強い関係で結ばれているからな』
それ、癒着ってやつか? カインズとティアナの結婚も、ハルバート家との関係を強めたい王族が計画した、政略結婚だと聞いたが、そういうものか。あんまりいい印象は持てないな。まぁ、俺のような庶民がどうこう言う話ではないか。貴族には貴族なりの不文律があるんだろう。
『だが、警察の会議を盗み聞きしたのは良くないかもしれんな。何せ、我が一族には聴力が優れた者が多いのでな。聞こえてしまったものはしょうがない』
「盗聴か」
『違う。警察署の側を通ったヘンリーが、警察の情報を聞いてしまったのだ。わざとではない。おかげで貴様が逃げられるのだから、ハルバート家に感謝するといい』
ヘンリーは、カインズの親戚だ。盗み聞きは感心しないが、今はそれどころではない。
「分かった。ここから逃げるとしよう」
行き先は……ヴィルカートスのアドバイスに従えば、海外がいい。国外ならば、チェルダード警察の手は及ばない。逃げて時間を稼ぎ、その間に俺の無実を証明すればいい。
『ルタ大陸に行け。あそこまで行けばチェルダード警察は貴様を追いかけられない。すでに港には連絡してある。チェルダード国際船に乗れ』
「感謝する」
流石ヴィルカートスだ。仕事が早い。
にわかには信じがたい一報だったが、ヴィルカートスが冗談を言うとは思えないし、やはり俺が濡れ衣を着せられているのは本当なんだろう。
『貴様らには恩がある。決して捕まるなよ』
そう言って、ヴィルカートスとの通信は切れた。
「……急ごう」
最低限の荷物を持って、俺はアジトを出た。置手紙を書こうかと思ったが、やめておいた。あいつらを巻き込みたくない。諸々の事情はヴィルカートスが隊のみんなに説明してくれるだろう。
唐突な理不尽に脅かされ、港へと向かった。別れも告げずにいなくなる俺を許してくれ。いつか、いつか必ず、お前達に再会する。俺の無実を証明して、堂々とチェルド大陸に帰ってくる、その時に。
チェルド大陸の北東にある港に着いた。ここでは貿易船の他、海外へ渡る観光船などが時々行き来している。ここの船に乗り、北北東にある大陸『ルタ大陸』を目指すのだ。
客のいない閑散とした港で、俺は船が来るのを待った。波の音と風の音だけが聞こえる、寂しい船着場だった。
日常は、何の前触れもなく崩れ去る。
「みんな……さよならだ」
自分の心を覆う不安と悲哀を拭うように、俺は独り言を吐いた。
「誰が誰とさよならだって?」
気付けば、俺は後ろを振り向いていた。聞きなれた声が降ってきたことに驚いて。
優しくて温かい声が、何より嬉しかった。
「何で……」
何でお前がここにいるんだ。何で、来てくれたんだ。
「俺達に黙って海外旅行か? そりゃ寂しいぜ。愛する仲間も連れて行けよ」
エリック・ドールは、笑顔で俺の後ろに立っていた。
「エリック……何でここに……」
「決まってんだろ。お前のいる場所が俺の居場所だ。昔、そう誓ったんだよ」
「そういうことを聞いてるんじゃない。どうして俺の居場所が分かったんだ」
エリックはポケットから小さな板状の機械を出した。中央都市に行く時に見た、『カーナビゲーション』とかいうものに似ている。
「クロミールが盗まれた時の対策として、昨日クロミールの鞘に小型の機械を付けたんだ。その機械のある場所は、この機械の画面に映し出される。この前見せた、『カーナビ』の応用だ。俺の新しい発明品。んで、クロミールの位置が動いたんで、お前が任務に出たのかと思ったが、だとしたら俺達に一言伝えてるはずだからな。違和感を覚えて、お前を尾行してたんだよ」
エリックは板状の画面をしまって、真面目な顔で言った。
「でもよ、やっぱおかしいぜ。誰よりも警戒心の強いお前が、俺の尾行に気付かないはずがない。昔は、ストーキングする度にお前にボコボコにされてたからな、俺。なぁ、クロム。俺達に隠し事は無しだぜ。尾行に気付かない程の精神状態で、国際船に乗って何をするつもりだったんだ?」
「…………」
あぁ、意外と頭が切れるな、エリックは。いや、当然か。エリックは機械に関しては天才だし、賢くないはずがない。全く、尾行に気付かないなんて、俺もまだまだだな。精神が不安定だったのか。そんなに……。
「そんなに俺は、みんなと離れたくなかったんだな」
警察に追われるよりも、濡れ衣を着せられるよりも、みんなと離れ離れになる方がよっぽど辛かったんだ。
冷静でいるように心がけていたが、随分心が泣いていたんだな。
「分かったよ。全部教える。お前に隠し事は無しだ」
「違うぜクロム。俺はさっき、『俺達に隠し事は無しだ』って言ったよな」
エリックの後ろには、いつの間にかクロム隊のみんながいた。
カインズ、ファティオ、ミミ、ユリーナ。
6人のメンバーが、ここに集った。
「『俺』じゃなくて『俺達』に、包み隠さず説明してもらうぜ!」
エリックは腕を大きく広げて言った。
「みんな……」
もうしばらくは会えないと思ったのに。大切な仲間達は、確かにここにいた。
「ひどいですよクロムさん! 私を置いて海外に行くつもりなんですか?」
ユリーナは顔を膨らませ、俺の腕に抱きついた。
「エリックに誘われて、ボク達も来ちゃいました」
カインズは優しい笑顔で言った。
「クロム隊長……困ってるのなら、わたし達を頼って下さい」
ミミは胸に手を当てて言った。
「任務なら、僕達もお手伝いしますよ」
ファティオは大人びた声で言った。
そうだ。俺には仲間がいる。こんな俺を助けてくれる、頼もしい仲間が。
『巻き込みたくない』? それは、仲間を信じていないということだ。
俺は、愚かだ。愛すべき仲間達に、何も言わずに出て行こうとしていたなんて。
もっと、信じて頼るべきだった。
「分かった」
アイズは困った人を助ける組織。
弱い人を、悲しむ人を、苦しむ人を、守る組織。
だから俺は、この言葉を言える。
「アイズ実働部隊『クロム隊』に依頼する。俺を……助けてくれ!」




