第132話 「ツウィエル・ドルテ」
「では、次の議題に移らせていただきます」
会議長の低い声が広い会議室に響き渡る。ここは中央都市にある、大会議室だ。そこに集まっているのは、チェルダード王国最高決定機関『賢老会』とティアナ女王、そしてチェルダード警察の警視総監だ。今ここで、チェルダード王国の今後を決める重要な会議が行なわれている。政治家達の話し合いにより、様々な決定がなされた。次は、警察からの発表の時間である。
「先日の『執念の手』による大規模テロ事件について、警視総監からお話があります」
会議長に指名され、一人の男が立ち上がり、この場にいる全員に会釈をした。
「件の事件におきまして、警察の決定事項を伝えさせていただきます。警視総監のツウィエル・ドルテと申します」
会議室がどよめいた。自己紹介をした警視総監は、どう見ても二十代にしか見えず、とても警視総監を務めているようには見えなかったからだ。七三分けの黒髪や四角い眼鏡は誠実な印象を与えたが、やはり警察のトップにしては若すぎる。
だが、ツウィエルは間違いなくチェルダード王国の警視総監。若いながらも、極めて優秀な人材だ。経験も豊富で、頭も切れる。そして、法に厳しく冷酷な人物だと知られていた。
『はじまりの日』以降、体の弱い老人達は病気にかかって亡くなった。全人類の平均年齢はぐっと下がり、若い人間が高い地位にいることも珍しく亡くなったのだ。形骸化したチェルダード警察がかつての権力を取り戻しつつあるのは、彼のおかげだと言っても過言ではない。
例のテロで軍の武力と権力に疑いが生まれつつある今、警察は徐々に取り締まり組織としての力を奪還しようとしていた。
「大規模テロの犯人が『執念の手』という犯罪組織であることは、皆様ご存知でしょう。甚大な被害が発生し、中央都市は混乱に見舞われました。ティアナ女王のお力により、今は国に平穏が戻りつつありますが」
ツウィエルの発言に、ティアナ女王は軽く頭を下げた。
「『執念の手』の目的は不明。調査の結果、殺人そのものが目的だったのではないかとの説も出ています。そして、さらなる調査の結果、驚くべき事実が明らかになったのです」
会議室中央のスクリーンに、画像が映し出される。長い黒髪が特徴的な、制服姿の人物。一見すると男のようだが、知る人は知っている。彼女は女性だ。
「クロムさん……?」
ティアナは彼女を知っていた。中央都市を救った英雄クロム。忘れるはずがない。
「彼女の名はクロム。苗字は無いようです。男性に見えますが、女性です。アイズの実働部隊『クロム隊』の隊長であり、『執念の手』の一員のセンを倒してくれた、我が国の恩人であります。そんな彼女にある容疑がかかってます」
ツウィエルは淡々と説明した。
「容疑? 一体、何を疑っているというのですか」
ティアナはツウィエルを見据え、射抜くような声で聞いた。
「反逆罪ですよ。現在、クロムには国家転覆の容疑がかかっています」
「馬鹿な!」
ティアナ女王は勢いよく立ち上がり、怒りを露にして言った。
「貴方、何をおっしゃっているのか理解していますか!?」
すかさず隣に座っていた大臣がティアナを止める。
「姫様、落ち着いてくだされ」
「今は女王です。それより、クロムさんが反逆者ですって?」
「ええ」
ツウィエルは一切顔色を崩さずに言った。
「聞き込みの結果、有力な証言が見つかったのです。クロムと名乗る黒髪の人物が、剣で人を斬り殺していたと。それも、一人や二人ではありません。口に出すのも憚られる程の、残虐非道な大量殺人です。『執念の手』のような殺人鬼だ。そんな彼女が『執念の手』の一員であると考えるのは、突飛な推理でしょうか。クロムが件のテロの首謀者だとすれば、これは国家に対する反逆だ。許されることではない」
「そんなはずありません! クロムさんはそんな人じゃない! 全部、貴方の推測でしょう!?」
「その通りです、女王陛下。ですから、あくまで彼女は『容疑者』。ですので、彼女の身柄を拘束して、事情を聞かなければならないのです」
ツウィエルは『容疑者』を強調して発言した。
「そんな真似は許しません。第一、クロムさんは『執念の手』と戦っていたではありませんか! 『執念の手』のメンバーであるはずがありません!」
「それが我々を欺くための演技だとしたら? 国を救った英雄のふりをして、実は自作自演だったのかもしれない」
「でも、貴方はクロムさん達にお礼を渡すことを提案しました。あれは、クロムさんが無実だと思っていたからではありませんか?」
「テロ組織の一人を殺してくれたことは事実ですから、国としては礼をしないわけにはいきませんでした。ですが、彼女に疑いがあるのもまた事実。警察として、彼女を放置するのは許されません」
珍しく冷静さを失ったティアナと、冷酷に説明を続けるツウィエル。
会議室に、緊張が走っていた。
「ク、クロムさんは無実です! 貴方の横暴は、女王の名において認めません!」
「お忘れですか女王陛下。王族に警察を指揮する権利は無い。憲法で定められていることです。貴女には僕達警察に命令する権利は無いんですよ」
王は法律を作る権利はあっても、司法に干渉することはできない。王家の独裁を止めるための法律だ。故に、ティアナには警察を止めることは不可能だった。
「お伝えしましたよね。これは決定事項だと。既に警察は、クロムを逮捕するために動いています」
「そんな……」
「イマジンハートの破壊により、証拠は不十分になってしまいましたが、クロムを捕まえれば証拠はいくらでも手に入るでしょう」
若き警視総監は、会議室全体を見下ろして言った。
「法に反する悪人は、必ず我々が捕まえます。ご質問がある方は、挙手を」
時を同じくして、ラトニアのクロム隊アジトに、警察部隊が到着した。アジトを包囲し、逃げ場を無くす。そして、武装し警察組織が突入した。
「動くな! 我々はチェルダード警察である! クロムに同行を命ずる! 速やかに出てきなさい!」
拡声器を用いた声が、アジトに響く。だが反応は無い。アジトに住んでいるクロムはここにいるはずだが。
いや、クロムどころか、誰一人いる気配が無かった。アジトの中は静寂に包まれている。
完全な、無人。
しかも、やたらと物が片付けられていた。まるで、物を持ち出してアジトから逃げたかのように。
「いない……? まさか、逃げられたのか!?」
アジト突入の情報は、警察関係者しか知らないはず。情報が漏れたとは考えにくい。
では何故、クロム達はいないのか。
「探せ! 何としてもクロムを捕えるのだ!」
警察部隊の部隊長が命令する。警察達はアジト中を調べ上げ、ラトニアの街を探したが、結局クロム達が見つかることは無かった。
クロムの逮捕に失敗したとの報告を受けたツウィエルは、その優れた頭脳で深く思案した。
そして、彼は結論を下す。
「そうか、海外に逃げたのか」
警察の動きが読まれていたのは想定外だったが、ツウィエルは焦らない。
彼は冷静に命令を下した。
「ルタ大陸の警察に連絡しろ」
そして、話は前日に遡る。
中央都市からの一報。クロム隊の逃走劇は、そこから始まったのだ。
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