第130話 「カインズのナイフ訓練」
夕日がラトニアの街を照らし始めた頃。
本日の任務を一通り終わらせたカインズは、アジトの外で訓練に励んでいた。カインズは右手と左手にそれぞれ3本ずつナイフを持ち、それらを宙に放り投げた。無作為に回転するナイフ達の挙動を凝視して、カインズは全てのナイフをキャッチした。指に挟まれたナイフ達が、ピタリと動きを止める。
「うん。感覚は鈍ってないね」
カインズは満足げにナイフを弄んだ。ラトニアのピエロを務めていたカインズは、ジャグリングなどの仕事を任されることもあった。当然、手先は器用である。その上、カインズはハルバート家の人間。常人では難しいようなナイフ捌きも、至極簡単にこなしてしまう。
カインズが6本のナイフを空中に投げたり掴んだりしていると、ユリーナが顔を覗かせた。
「カインズさーん。何してるんですか?」
ユリーナも任務を終え、今は暇である。正確に言えばアジトの掃除や夕飯の準備などの仕事があるのだが、クロムが一人でやると言って譲らなかったのだ。だからユリーナは、カインズの様子でも見に行こうかと考えた。
「ああ、ユリーナ。おかえり。ちょっとナイフの修行をね」
「修行ですか。カインズさんは修行なんかしなくても強いと思いますけどね」
「そんなことないよ。ボクなんてまだまださ。みんなの足を引っ張らないように努力しないと」
「むぅ……カインズさん、嫌味みたいに聞こえますよ、それ」
「えっ、それはごめん。そんなつもりじゃないんだ」
勿論、カインズは嫌味を言った訳ではない。心の底から、自分は未熟だと思っている。だが、周りからは嫌味に映っても仕方がない。カインズは名門貴族の生まれで、正真正銘の天才なのだから。
「でもほら、カインズさんって武器が無くても強いじゃないですか。なんでナイフの練習してるんです?」
「確かにボクのキックは強力だけど、欠点もある。例えば、小さな切り傷を付けようと思った時、キックじゃ難しいでしょ。でもナイフなら簡単に出来る。ボクは昔からナイフを扱ってきたし、ナイフ捌きをもっと鍛えようと思ってね」
「そういえば、私が娼館に誘拐された時も、カインズさんはナイフを使ってましたね」
「ああ、あの時ね。ボク達とユリーナが出会った日。あの時も、トラックを止めるにはナイフが適任だったんだよ。トラックを蹴って停車させると、衝撃が強すぎて中にいたユリーナ達に怪我させると思ったんだ」
「ナイフで止めても、車がぐるんぐるん回って大変でしたけどねー。怪我人が出なくてよかったです」
ユリーナは微笑み、当時の様子を思い出した。
「でもカインズさんすごいですね。6本のナイフを同時に扱ってます」
「練習すれば誰でも出来るよ。本当は5本の方がやりやすいけど、今は6本でも上手く使えるように練習中」
「怪我とか怖くないんですか?」
「大丈夫。ボクはナイフ程度じゃ切り傷一つ付かないからね」
「そういえば、カインズさんの皮膚って頑丈でしたね」
常識はずれの動きをするハルバート家の人間は、その動きに適応できる程の皮膚の強さを持っている。市販の料理用ナイフでは怪我なんてしない。
「ボクが丈夫でも、ナイフが脆かったりするからね。もっと高級なナイフが欲しいなぁ。いつか買おうかな」
もっとも、ナイフで戦うより体術で戦うことの方が多いだろうが。
「カインズさんは強くて羨ましいです。私ももっと強かったらなー」
「別に強さだけが大事な訳じゃないよ。ユリーナはこの前、中央都市の人々の避難を手伝ったでしょ。ユリーナは十分活躍したさ」
「でも、やっぱり強くなりたいです」
「アイズの本分は、人を守ることさ。人を倒すことじゃない。それでも強くなりたいなら、クロム隊長にご指導願ったらいい」
「毎日お願いしてるんですが……私はまだ基礎練習の段階らしいです」
「うん、一理あるね」
ユリーナはため息を吐き、とぼとぼとその場を離れた。
「じゃあ、私クロムさんの所に行ってきますね。そろそろクロムさん成分を補給しないと、禁断症状が起こりそうです」
「なにそれ。穏やかじゃないね」
カインズはナイフをしまい、ユリーナと共にアジトへ戻った。
「ボクもアジトに戻るよ。ノーラの件について、話しておきたいこともあるしね」
夕日が姿を隠し、街は闇に包まれようとしていた。




