第125話 「カインズのお墓参り」
人が死んだ後は、葬式が開かれるのが普通だ。この時代には人知れず死んでいく人も多く、そういう人は葬式が行われないのが大半だが、それでもやはり人の死は葬式によって一段落を迎えるのだ。
中央都市では、国を挙げての大規模葬儀が執り行われた。『執念の手』の殺意に命を奪われた、約二万人の死者を弔う。不幸中の幸いか、ほとんどの死亡者は身元が確認出来た。スーニャの爆弾やベシムの毒で体がぐじゃぐじゃに壊れてしまった人も、中央都市の遺伝子技術で身元を特定した。
一通りの葬式を終えた後、遺体は火葬場に運ばれる。簡単な作業ではなかった。亡くなった人があまりにも多すぎる。火葬場の炎は一日中燃え上がったという。
残された遺族は辛い思いをしたが、遺族がいない死者はもっと辛かろう。家族全員が殺された人達もいた。
この街が失ったものは大きすぎた。中央都市の住人は、あの日のことを忘れないだろう。
灰になった遺体は、墓地で眠る。埋葬の作法は国や地域、時代によって様々だ。中央都市では、遺体はビルの中にある墓地に埋められる。高層ビルのそれぞれの階に、無数の墓石がずらりと並んでいるのだ。墓石の下には、その一族の遺骨が代々埋められている。機能的で味気無い埋葬だが、中央都市には土地が少ないのだから仕方無い。死人のために土地を使う余裕なんて無いのが現状だ。
墓場は広い部屋の中にある。電灯で照らされ、空調が完備され、死者も快適だろう。
『墓と言うより遺体保管室のようだ』とは、ヘンリーの台詞である。実際、この墓場に埋められた遺骨は長年変質しないらしい。
カインズは、母の墓石の前に座って目を瞑っていた。ハルバート家の墓も、この埋葬ビルの中にある。『メイリー・ハルバート』の文字の隣には、埋葬した日付が記されていた。
ブラッドドラゴンの凶刃に命を奪われた母親に、祈りを込めて。
「お母様……」
自分がもっと早く屋敷に帰っていれば、メイリーは助かったのではないか。悔やんだって仕方が無い。全ては自分で選択したことだ。
ただ、もっと親孝行していれば、と後悔することがある。家出してからずっと、家族に会えていなかった。本当に心配しただろうし、本当に迷惑をかけた。久々に息子に会えたのに死んでしまったメイリーを思うと、カインズは居たたまれない気持ちになった。
「また、会いに来ます」
カインズは墓参りを終え、立ち上がった。
「ちょっ……困りますよ!」
墓場の入り口から騒ぎ声が聞こえた。なにやら揉めているようだ。
「邪魔だわねぇ! ワタクシを誰だと思っているの! 退きなさい!」
聞き覚えのある怒声が、墓場を震撼させた。迫力のある声だ。人間のものとは思えない。
次の瞬間、数人の人が弾き飛ばされる音がした。墓場の入り口の自動ドアが開いて、その入り口にギリギリ入る巨体の老婆が、威風堂々と姿を現した。
「……どうしたんですか、大叔母様」
カインズはブブリアド・ハルバートに声をかけた。巨大な球体のような体型のブブリアドが、ズシズシと歩んでくる。
「ワタクシがお墓参りに行こうとしたら、このビルの職員に止められたのさ。ワタクシが埋葬室に入ったら、墓石が壊れるんだと」
ブブリアドは不機嫌そうに言った。
「真っ当な要求じゃないですか」
身長220センチメートル、体重187キログラムのブブリアドが墓場を歩き回ったら、他の墓石が潰されかねない。確かに、お引き取り願いたい人物だろう。
「壊れたらまた直せばいいのよ。特定の人物が入れない墓場なんて作る方が悪いんだから」
「だからといって職員さんを吹っ飛ばさなくてもいいのに」
「手加減したわよ」
「分かってますよ」
ブブリアドが手加減無しで暴れたら、このビルは今頃全壊している。
「……バッフルの時以来かしらね。お墓参りなんて行ったのは」
ブブリアドが静かな声で言った。バッフルというのは、ブブリアドの妹で、カインズの祖母にあたる人物だ。ヴィルカートスにとっては母親になる。バッフルは数年間に亡くなっていた。病死だ。強靭な肉体を持つハルバート家でも、歳の波には勝てない。そもそも、『はじまりの日』からの時代は、病死する人が多いのだ。
「お婆様ですか」
「そうさ。懐かしいねぇ。ワタクシとバッフルは、当主の座を賭けてしょっちゅう喧嘩したものさ」
ブブリアドは少し微笑んで、ハルバート家の墓を見た。よく手入れされた、綺麗な墓だ。
ブブリアドの背中付近にある墓石は、倒れてしまっている。ブブリアドの体がぶつかって、壊れた墓石もあった。
「結局ワタクシが勝ったんだけどね。当然さ。バッフルは強さの他にも、女としての美しさを追求していた。でもバッフルがお化粧やオシャレにかまけている間に、ワタクシは強さだけを磨いたのさ。おかげで、こんな醜悪な姿になったけどね」
カインズは肯定せずに笑った。頷いたら怒られそうだ。
ブブリアドは強くなるために体重を増やした。戦いは、大きくて重い方が有利だ。ブブリアドはたくさん食べて、たくさん運動して、たくさん修行した。昔のブブリアドはそこそこ美人だったそうだが、今では化け物のような見た目である。
「……究極の強さを求めたつもりだったのに……強くなるメソッドを確立したつもりだったのに……アンタに負けた今では、ただの老婆の戯れ言さ」
カインズは黙って聞いた。ブブリアドの表情には怒りは見えない。ただ、自分を戒めるような、ちょっと寂しい印象があった。
「すまないね、カインズ。ワタクシは、自分のやり方をアンタに押し付けようとした。そうすればアンタもワタクシみたいに……いや、ワタクシ以上に強くなれるって信じていた。本当は、ワタクシの教育なんて無くたってアンタは強かったんだね」
ブブリアドが身内に謝るなんて、珍しいことだった。ブブリアドは自分を曲げない人間だと、カインズは思っていたのだが。
「珍しいですね。大叔母様がボクを認めて下さるなんて」
「この世は弱肉強食さ。弱い人間が強い人間に逆らうのは愚かしいことなの。アンタに負けたワタクシは、素直にアンタを認めるわ」
強さにこだわるブブリアドだからこそ、この台詞は重みが増す。
「……そう言えば、お体は大丈夫なんですか?」
「聞くのが遅いわよ……。大した怪我じゃないわね。今は元気そのものよ」
カインズとの戦いで気絶したブブリアドだが、意外にも怪我は少ない。体の内部には大ダメージを負ったが、外傷はほぼ無いと言っていい。あんなに地面に叩き付けられて、脳と内臓のダメージだけで済んだところが、ブブリアドが『最強』と言われた所以である。
病気一つ無い、健康な高齢者だ。
「もう『ハルバート家最強』の座は譲るべきだわねぇ」
墓参りは終わり、カインズとブブリアドは墓場を後にした。
後日、埋葬ビルの職員は壊れた墓石の修理に追われたという。
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