第122話 「新たな女王」
ティアナ姫とカインズは王宮へ向かって歩いていた。街の様子は酷いものである。崩れたビル、穴の空いた道路、途方に暮れる人々。
今回の事件により、中央都市は大きな損害を得た。人を失い、家を失い、資源を失った。特に、最高責任者を失った大企業は経済的損害が大きく、対応に追われている。さらに言えば、セキュリティ会社は信用をほとんど失ったため、倒産間近である。
『執念の手』が街の壁を破壊して侵入したことが判明した時、様々な意見が飛び交った。壁のセキュリティを強固にするべきという意見や、街の住人以外は一切中央都市に入らせるな、なんていう過激な意見もあった。
「ただでさえ国が混乱しているというのに、指導者がいないのですから、大変ですね」
ティアナ姫は街の様子を見て言った。
「他人事ではありませんよ。今こそ、ティアナ姫がチェルダード王国を治める時でしょう」
「ええ。カインズ様のおっしゃる通り。大臣がティアナを呼んだ理由はそれでしょうね。次の王になるとしたら、ティアナしかいませんもの」
ティアナ姫以外の王族の人間は、全員テマネスクに殺されてしまった。第四王女のティアナ姫に王権が回ってくるのは必然だろう。
「それにしても……カインズ様は外出する際にクロム様の許可が必要なのですか?」
「え? 別にそういう訳ではありませんけど」
「でもさっき、外出の許可を取っていたではありませんか。固い主従関係が見てとれますね。何だか嫉妬してしまいます」
「ボクとティアナ姫も主従の関係じゃないんですか?」
「違います。ティアナとカインズ様は将来の夫婦。対等な関係ですわ。でも、カインズ様を思うがままに従わせてみたいという願望もありますの。どうでしょう、今度、ベッドの上でそういうプレイをしてみるというのは……」
「あ! 王宮が見えてきましたよ!」
ティアナの台詞を遮るように、カインズが王宮を指さした。
ティアナ姫は不服そうな顔をしながら、カインズと共に王宮へと足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ、ティアナ王女。そして、ようこそいらっしゃいました、カインズ殿。ささ、どうぞこちらにお座り下さい」
会議室に入ると、大臣が歓迎してくれた。カインズとティアナ姫は円形の机の椅子に座る。会議室には、既に何人かの政治関係者が集まっていた。王が死んでから数日間は、彼らが国の指揮を取っていたのだ。皆、年寄りのお爺さんばかりだった。
「えー、皆様お揃いのようですね。ではこれより、臨時会議を始めます。司会はわたくし、チェルダード王国大臣が務めさせていただきます」
国のお偉いさんが集まっての会議だ。
「まず、皆様はご存知のことと思われますが、先日の賊の襲撃により、国王が崩御なされました。王家の方々も皆、お亡くなりになったのです。ここにおられるティアナ王女を除いて」
老人達は深く頷いた。こんな情報は周知の事実である。
「故に、新たな指導者を決めなくてはなりません。新女王としてティアナ王女を推薦いたしますが、賛成の方は拍手をお願いいたします」
会議室に拍手の音が鳴り響いた。カインズも賛成の意を示している。
ただ一人、ティアナ姫は手を叩かなかった。
「お待ち下さい」
ティアナ姫の声に、場が静まる。
「ティアナは所詮は第四王女。政治のことなど大して知りませんし、民衆の支持も得られないと思われます。ティアナは、カインズ様を国王に推薦しますわ」
一気に場が騒然となった。
「何をお戯言を。王族でもないカインズ殿に王の座が務まりますか」
「大臣の反対はもっともです。ですが、カインズ様は強大なドラゴンを倒し、都市を救った英雄です。民衆の支持は絶大でしょう。優秀な遺伝子を持つカインズ様なら、ティアナの代わりに国を治めて下さいますわ。ね、カインズ様」
ティアナ姫は美しい笑顔でカインズを見た。老人達は何かを言っている。ティアナ姫の意見に反対する者もいれば、賛成する者もいた。
「確かに……ハルバート家の当主であれば、政治能力はあるかもしれんが……」
「何を言う。論外だ」
「今のチェルダード王国を統治するのに相応しいのは……」
様々な主張が交差した。会議が困惑する中、カインズだけはティアナ姫の真意に気付いていた。ティアナは本当にカインズが王に相応しいと思っている訳ではない。
カインズを中央都市の外に出したくないのだ。カインズは当主になった後も、アイズとして活動を続けることになっている。中央都市から離れるのは必然だ。だが、カインズが王になってしまえば、当然カインズは中央都市を離れられない。いつまでもいつまでもティアナ姫と一緒にいることになる。
これは、カインズと一緒にいたいティアナ姫が仕組んだ策略だ。
深い愛。故の発言。
だが、その作戦はあまりにも幼稚だった。
「落ち着いて下さい、皆さん」
カインズの一言で、また場が静まった。
「冷静に考えて下さい。どんな功績をあげたとしても、ボクが王になれる訳ないでしょう。ハルバート家から王を擁立するのであれば、ボクより相応しい人がいます。でも、それよりもティアナ姫が女王になるのが一番妥当でしょう。政治能力や支持率は、どうとでもなります。そのために貴方達がいるのですから」
会議室を静寂が支配する。我に返った老人達は、意見を一つにまとめた。
「了解しました。では、次期女王はティアナ・チェルダード様。貴女です」
ティアナを中心に、拍手の渦が巻き起こった。
王宮からの帰り道、ティアナ女王はため息を吐いてカインズに言った。
「権力を持っていても、全てが思い通りになる訳ではないのですね……」
あれから数時間の会議が続いたが、ティアナはずっとご機嫌斜めだった。
「当たり前ですよ。ボクと一緒にいたいからって、意見が無茶苦茶すぎです」
「バレちゃいましたか。カインズ様も鋭いですね。ティアナの心を読み取って下さったのですか。一心同体。以心伝心。阿吽の呼吸ですわね」
ティアナは嬉しそうに頬を赤らめた。
「はぁ……ティアナは寂しいんですの。家族を皆失って、一人ぼっちです。未来の旦那様に一緒にいて欲しいと思うのは、迷惑ですか?」
「別に迷惑ではないですけど、恋情に国を巻き込まないで欲しいですね。貴女は女王ですよ。自覚して下さい」
「うぅ……。当主の役目を放棄しようとしたカインズ様に言われたくないですね……」
「アハハッ、それもそうですか」
「そうですよ。カインズ様。悲しみに暮れるティアナを慰めてくれないですか? ベッドの上で」
「ベッドの上じゃなくて、ここで慰めてあげますよ」
「えぇっ!? 野外プレイですか!? そんな……恥ずかしい……。でもカインズ様が求めるのであれば、ティアナは拒みませんわ」
「そういった意味じゃないですよ!」
カインズはティアナの頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「ティアナ姫が辛い時に一緒にいられないのは申し訳ありませんが、心の痛みを共有することなら出来ます。家族を失う悲しみは、ボクも知っていますから。いつか必ず帰って来ますから、それまで待ってくれませんか?」
ティアナはカインズの手をじっと受け入れていた。
「カインズ様」
「何ですか?」
「カインズ様はティアナを愛していますか?」
「当たり前ですよ。愛しています」
即答だった。
「……その一言だけで十分ですよ」
ティアナはカインズに抱きついて、耳元で囁いた。
「それでは、ベッドの上で愛を深め合いましょう」
「結局はそれですか!」
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