第121話 「悪党達のその後」
「我が輩が帰ったぞ!」
オーディン・グライトは大声をあげてアジトの入り口をくぐった。
『イーヴィル・パーティー』のアジトは、人目の付かない所にある。最低限の居住スペースと、宝物庫と、作戦室と、シエルの私室があるアジトだ。作戦室にはたくさんのパソコンがあり、主にシエルが使用する。
中央都市から帰ってきたオーディンは、仲間の姿を確認しようと、アジトを歩き回った。だが、誰もいない。
「ふむ。サジェッタ達は帰ってきておらんのか」
その時、シエルが顔を出して、オーディンに話しかけた。
「オーディン様。お帰りなさい」
シエルはオーディンの足元に来て、ちょこんと立っていた。
実年齢12歳。身長122センチメートル。体重27キログラム。焦げ茶色のセミロングが可愛らしいこの少女は、オーディンの妻である。ただし、戸籍上は他人なので、事実婚だ。歳の差、33歳の夫婦である。
オーディンは本名を捨て、国籍を捨て、過去を捨てた。シエルも同じだ。二人の悪党は、全てを捨ててここにいる。
「シエルか。ただいま戻ったぞ」
「左腕を失っておられますね。オーディン様にしては珍しく、不覚でしたか」
シエルはオーディンの左肩を見つめた。『セナージ』に切断された腕の断面図が見えている。血は出ていないものの、骨や筋肉が剥き出しで痛々しい。
「ああ。『執念の手』のセンという男に斬られたのだ。そこそこ手強い相手だったな」
「聞くべきお土産話がたくさんありそうですね。とりあえず、治療しましょうか」
シエルはオーディンを引っ張って、シエルの部屋に連れ込んだ。この部屋には、最先端技術を駆使した機械がいくつも設置してある。
例えば、高性能な治療器具など。
「どうしますか、オーディン様。ワタシが腕を再生させてもいいですし、義手を取り付けるというのも可能です」
シエルの手にかかれば、あっという間に腕を元通りにできるし、ハイテクな義手を作ることも出来た。
「義手も捨てがたいが、やはり生身の腕がいいだろう」
「かしこまりました」
シエルがオーディンの左肩に薬品を塗り、球体の機械から発射されたビームを当てた。すると、みるみるうちにオーディンの左腕が再生していく。数分後には、斬られた事実を否定するかのように、左腕が元に戻っていた。
「ほう」
オーディンは左手を動かしてみた。何の違和感も無く動かせる。
「素晴らしいな、シエル。貴様は天才だ」
「ありがとうございます」
天才。聞き慣れた誉め言葉だった。でも、オーディンの言う『天才』は、今までの誉め言葉とは少し重みが違った。
オーディンは、本当に認めた相手しか誉めない。
「ところでシエル。サジェッタはもう帰ったのか?」
「はい。オーディン様がお帰りになられた、数分前に」
「そうか。今、サジェッタは何をしている」
「墓作りですね。ガンダスさんが亡くなったので」
「……そうか」
ガンダス・ジルガリオ。悪党としては決して優秀な方ではなかったが、それでも『イーヴィル・パーティー』の一員だった。
オーディンは部下の死に涙を流したりしない。部下の死を何とも思わない程に心が死んだ訳ではないが、この組織には死が付いて回ることも理解していた。仲間の死は悔やむべきだが、深く感傷に浸っているいる訳にもいかない。
ガンダスの死には『執念の手』が関わっているのだろうか。
「サジェッタと話をしてくる」
オーディンはサジェッタがいる庭へと向かった。
サジェッタは、盛り上がった土の前でしゃがんでいた。この土の下に、ガンダスの遺体があるのだろう。
「ガンダスが死んだそうだな」
オーディンが言うと、サジェッタは振り返ってオーディンを見上げた。少し、驚いた様子だった。
「何だよボス。帰ってたのか」
「ああ。しかし意外だな。貴様がガンダスの死を悼んで墓作りとは」
「ばっ、馬鹿言うなよ!」
サジェッタは怒鳴って立ち上がった。
「勘違いするなよ! アタイはガンダスを毎日罵倒するために墓を建てたんだ! アイツを悼んでなんかいねーよ!」
「おお、そうかそうか」
やけに必死に主張するサジェッタを見て、オーディンは話題を変えた。
「仕事の方はどうだった?」
『仕事』。つまり、王宮の財宝を盗み出す任務である。
「ああ……。悪いけどよ、お宝は持ち帰らなかった。ガンダスを運ばなきゃいけなかったんでな」
「ならば仕方あるまい」
王家の財宝よりガンダスを優先したのだな、という台詞は心の中に留めておいた。
「そう言うボスはどうなんだ?」
「我が輩は敵と遭遇したのでな。ゆっくり財宝を奪う時間は無かった」
「何だよ。ボスもお宝盗んでねーのかよ」
「早とちりするな」
オーディンは意地悪そうに笑い、懐から宝石やネックレス、指輪などの財宝を出した。王宮の宝物庫に行った時、ちゃんと盗んでいたのだ。
「どんな非常事態に陥っても、確実に悪事をこなす。それが我が輩だ。貴様もまだまだ未熟なようだな」
この財宝だけでも、五百万ヴァルエの価値はあるだろう。サジェッタは呆気にとられ、その後、悔しそうにオーディンを睨んだ。
「チクショウ、ボスには敵わねーぜ」
その後、オーディンとサジェッタは今日の報告をした。ガンダスが『執念の手』のテマネスクに殺されたこと。サジェッタがテマネスクを殺したこと。泥棒コンビが殺されたこと。オーディンがクロムと出会ったこと。センと戦って勝ったこと。
「またアイズの連中かよ」
「そうだ。我が輩も驚いたぞ。そしてまた、クロムに興味が湧いた」
「クロムだけじゃありませんよ、オーディン様」
シエルが会話に参加してきた。
「アイズの……エリック・ドールという男も、要注意です」
「誰だ、そいつは」
「ワタシ達の通信が遮断された時がありましたよね。『イマジンハート』が破壊されたことが原因だったのですが」
「あったな。『イマジンハート』が原因だったのか。途中で通信が復旧したが、あれはシエルが直したのか?」
「いえ。その復旧に一役買ったのが、エリックという男です」
「ほう……」
オーディンは眉をひそめて話を聞いた。
「彼は『イマジンハート』の付属パソコンを第二の『イマジンハート』に作り替えました。それにより、中央都市の通信・情報機能は完全回復。ワタシ達の通信だけでなく、都市中の通信が復活しました。多くの民衆が助かったでしょう。彼の功績は計り知れません」
「凄いではないか」
「すごいなんて次元ではありませんよ」
シエルの口調には、いつにない熱が込もっていた。
「貴様がそこまで言うのなら、認めざるを得ないな。エリック・ドールか。覚えておこう」
そうか。アイズには優秀な人間が揃っているのだな。
オーディンは過去を思い出していた。そう言えば、あの時は優秀な友がいた。
……あの時? 友? 何の話だ。
「むぅっ……」
何だ、この違和感は。
脳裏に異常な光景が浮かぶ。
理性が必死に拒絶する。
頭が痛い。
気分が悪い。
どういうことだ。
我が輩は、何を忘れている。
思い出すな。
何だ? いつだ? どこだ? 誰だ? 何故だ?
忘れてしまえ。
我が輩は悪であり悪だった故に悪は悪を行使し望まれた悪を生みこの世界に平和と均整を求め今こそ必要なのは象徴としての悪であり悪でいなければならない我が輩は世界を救うため誰しもが被害者の顔をして満足していて悪を糾弾し安心する故に我が輩は悪になったので
「ぐあああああああああああああああああああああ!」
突如叫んだオーディンに、サジェッタとシエルは驚愕を露にした。
こんなオーディンは見たことがない。
サジェッタは困惑の最中にいたが、シエルだけは状況を素早く把握した。
「サジェッタさん! オーディン様を取り押さえて下さい! 暴れだすかもしれないので!」
「はぁ!?」
無茶言うなよ、とサジェッタは思った。オーディンが本気で暴れたら、サジェッタでは止めきれない。殺す気で止めても止められないだろう。
でもオーディンは今は叫んでいるだけで、暴れだす様子はない。頭を押さえて苦しそうに、声が潰れる程叫んでいた。そのため、サジェッタは一応オーディンを押さえ付けた。
「だ、大丈夫かよ、ボス!」
本当に、こんなオーディンは見たことがない。腕を切り落とされても平気そうなオーディンが、ここまで苦しんでいる。まるで、自分を見失ったみたいだ。オーディンがオーディンじゃなくなったみたいだ。
オーディンは、何かを必死に拒絶しているように見えた。
シエルが何かの機械を持ってきた。ベッド型の機械だ。頭に装着するヘルメットが付いている。
「オーディン様をこの上に乗せて下さい!」
シエルとサジェッタは、オーディンを持ち上げてベッド型機械に乗せた。小さな体型の二人が高身長のオーディンを運ぶのは一苦労だった。
表情を歪めて唸るオーディンの頭に、シエルがヘルメットを装着した。そして、近くのスイッチを押す。するとオーディンの絶叫は収まり、オーディンの顔から苦しさが消えた。
「むぅ……何だ……この機械は……」
オーディンはゆっくりと声を発した。
その様子にほっとする、サジェッタとシエル。
「頭がぼやける……。シエル、我が輩達は何の話をしていた?」
オーディンの問いに、シエルはハッキリと答えた。
「何の話もしていませんよ、オーディン様」
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