第119話 「殺意の人災、終わりを告げ」
「おお。通信が復旧したぞ」
オーディンは嬉しそうに耳元を押さえた。耳に付けている機械を通じて、仲間と連絡を取っていたらしい。その通信は先程まで遮断されていたが、今さっき復旧したとのこと。
只今、オーディンは遠くにいる仲間と連絡中だ。
「……ああ、シエルか。我が輩は大丈夫だ。今からアジトに戻る」
そう言ってオーディンは去った。
「さらばだ、クロム。また会おう。今度は、敵としてな」
一方的に別れの言葉を残すところがオーディンの『悪』らしさと言える。オーディンは怪我人とは思えない速さで走っていった。
「全く……」
礼を言う隙も無かったな。
兆候も無しに訪れた、『執念の手』による無差別殺人。この大事件は、収束に向かっていた。
俺達クロム隊は、ハルバート家の屋敷に集合した。俺、エリック、ユリーナ、ファティオは自力で戻って来られたが、ミミは軍の人達に連れて来られた。悪いことをした訳ではない。ミミは体がボロボロに憔悴していて、一人ではまともに歩けなかったのだ。ミミはハルバート家に来た後、中央都市の病院に搬送された。命に別状は無いそうだが、結構な怪我を負ったと聞いた。道端で倒れていたミミを見つけて、屋敷まで運んでくれた軍の人達に感謝しよう。
カインズは、屋敷での激闘の末、ミミと同じく大怪我を負った。カインズも病院で治療中だ。話によると、巨大化したキューと戦って勝利したそうだ。マジマジ所長が『執念の手』の一員だったことや、キューが屋敷で殺戮と破壊を行っていたことにも驚いたが、何より驚いたのは、カインズが単身でブラッドドラゴンに勝ったことだ。体長100メートルを超えるドラゴンを倒し、一族を守った。アイズ隊員としてもハルバート家当主としても立派な功績だ。
機能が停止していた『イマジンハート』だったが、エリックが直したおかげで無事復活したらしい。厳密に言えば『擬似的なイマジンハートを別媒体で再現した』とのことだが、俺にはよく分からん。とにかく、『イマジンハート』の不調で人々が困ることはなくなった。
エリックのおかげで、中央都市の情報伝達は非常にスムーズに行えた。その結果、人命救助や生存確認がすぐに出来たという。
中央都市に入り込んだ『執念の手』は四人。セン、スーニャ、ベシム、テマネスクの四人だ。それに加えて、前々から中央都市にいた『執念の手』の一員……マジマジ所長を含めた計五人が、今回の無差別殺人の犯人達だ。
その内、センとベシムとテマネスクの死亡が確認されている。残る二人の行方は不明だ。
後にファティオに聞いたところ、スーニャは街の外に逃げたらしい。
『セナージ』を奪い去ったスーニャを、ファティオは狙い撃ちした。そうか。オーディンが言っていたのは、このことか。
『貴様は部下のことも把握しておらんようだな』
『安心しろ。貴様の部下が奴を止める』
全く、その通りだ。クロム隊の優秀な副隊長は、ちゃんと殺人犯を止めてくれた。
あれから一週間経った。街の混乱も収まり、都市は復興に向けて歩んでいる。
俺達は、ハルバート家の屋敷の修繕をしている。カインズとブブリアドの戦いや、カインズとキューの戦いで、跡形もなく壊れてしまった屋敷の修理だ。エリックが修繕用の機器をいくつか作ってくれたおかげで、早めに終わりそうだ。人が住める程度には回復している。
「わぁっ。綺麗になってる!」
陽気な声で登場したのは、退院したカインズだ。カインズは屋敷を見て嬉しそうに笑った。
「カインズ。退院おめでとう。お疲れ様だったな」
「ありがとうございます。屋敷が壊れたのは大体ボクのせいなのに、皆さんに直してもらってすいません」
カインズは右手で頭を掻いた。
「お前は悪くないだろ。それより……」
俺はカインズの右手を見て言った。
「右手、生えたのか?」
「ええ。文字通り、生えました」
カインズは右手首を揺らした。カインズの五本の指が元気に曲がる。どう見ても本物の手だ。センに斬られたはずの右手が、確かに存在していた。斬られる前と全く変わらない見た目だ。
「細胞分裂を活性化させて、体の部位を作る技術らしいです。ボクの手首から、あっという間に手が生えてきましたよ。ビックリしました」
「中央都市にはそんな医療技術があるのか」
「はい。数年前の技術らしいですけど、不思議なことに、技術開発者の情報が抹消されているんです」
「誰が開発した技術なのかは、不明なのか」
「はい。この技術を応用すれば、人体の成長を早めたり、あるいは若返ったり出来るそうです」
「すごい話だな。不老不死になれるのか?」
「不死は無理でしょうけど、不老にはなれるかもしれません。今のところは無理だそうですけど」
中央都市のテクノロジーには驚かされてばかりだな。
カインズと話に花を咲かせていると、ティアナ姫が優雅に歩いてきた。
高級感溢れるドレス。綺麗な水色のロングヘアー。高貴な立ち振舞い。
どこを取っても美しいが、彼女が今や唯一の王族になったと思うと、何だか寂しく見えた。
『執念の手』により、ティアナ姫以外の王族は葬られている。この国を治めるのは、もう彼女しかいないのだ。
「まぁ、お久し振りですカインズ様。退院なされたのですね。お元気そうでなにより」
ティアナ姫は華麗にお辞儀をした。
「お久し振りって……毎日お見舞いに来て下さったじゃないですか」
「こうして元気なお姿を見るのがお久し振りなのです」
そう言ってティアナ姫はカインズに体をくっつけた。
美人で優しくて一途。いい婚約者だな。こんな女性がいたのに、カインズは俺と結婚しようと思ったのか。光栄と言えばいいのか、恐れ多いと言えばいいのか。
当のカインズは、ティアナ姫のスキンシップにあまり嬉しそうじゃなかった。露骨ではないとは言え、そんな態度を取ると失礼だぞ。
「ああ、カインズ様。今日は貴方にお願いがあってきましたの」
「お願い?」
カインズは首を傾げた。
「はい。王宮の大臣達から召集がかかりまして。ティアナは王宮に行かねばならないのです。カインズ様もご一緒して下さいませんか?」
「別に構いませんけど……いいですか? クロム隊長」
「ああ。問題無い」
カインズが俺に許可を取った時、ティアナ姫は不服そうにほっぺたを膨らませた。そして、カインズをじっと見つめている。
「分かりました。行って来ます」
そう言ってカインズはティアナ姫の手を取り、一緒に歩いた。エスコートか。やはりカインズは紳士である。
「さて。俺は仕事に戻るか」
俺は地面に転がる瓦礫を拾い、指定の場所に運ぶのであった。
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