第116話 「殺せる?」
右手に、肉を貫く感触が伝わった。人の命を奪う感覚だ。
俺は『クロミール』を引き抜き、後ろに下がった。
「がっ……あぁっ……!」
センが苦悶の表情を浮かべて左胸に手を当てた。
「くそがっ……!」
センは残った右腕を振るい、『セナージ』で俺を斬ろうとする。その前に、俺はセンの右手首を斬った。センの右手と『セナージ』は、慣性に従って後方へ投げ飛ばされてしまった。
両腕を失い、心臓を穿たれたセン。血で汚れ、雨に濡れ。殺意の青年は今、死の色に染まり始めていた。
「容赦ねぇな……クロムちゃん」
センは自棄的な笑みを露にして俺を見た。
「へへっ……もうすぐ死ぬな、オレ。全くよぉ、何もかもクソッタレだ。世界の異物にでもなったような人生だったぜ」
センはフラフラとよろめきながら膝をついた。
「オレから見れば、世界は滑稽だったぜ。誰も自身の欲望に気付いちゃいねぇ。誰も歴史の真実を知っちゃいねぇ。……あぁ、もしかしたら、そうかもな。テメェ等は後になって気付くんだ。そして後悔するんだ。この国の民は、王を殺したオレ達に感謝する時がくるだろうぜ……」
何を話している。命乞いか? センがそんなことするとは思えないが。
欲望に気付かない? 真実を知らない? 王の死に感謝する?
「さぁ……。早く殺せよ。だが最後に言っておくぜ。オレは死んでもテメェを殺す」
こんな状況になっても、やはりセンは笑っていた。笑顔と言うより、にやけていると言った風の笑みだ。好印象の欠片も存在しない。ただ狂気と殺意だけを振り撒いているような、それでいて少し悲しいような、そんな顔を。
センが笑うようになったのは、いつからだっただろうか。
「言われなくとも、殺してやる」
俺は警戒を忘れないまま、センに近付いた。
俺は『クロミール』を振り上げ、センの首を狙い……斬る?
俺が?
その覚悟があるのか?
その資格があるのか?
現実から逃げた俺が?
愛を信じなくなった俺が?
自分を守ろうと必死だった俺が?
俺は、本当に、人を殺す覚悟があったのか?
迷ってしまった。躊躇ってしまった。逡巡してしまった。
いざ殺す瞬間、俺は動きが遅くなった。
それは、ほんの一瞬の隙だった。
俺の心情を読んだかのように。斬撃が鈍くなることを知っていたかにように。
センは殺意の牙を向け、素早く俺に飛びかかった。
「……っ!」
俺は即座に反応し、センを避けようとする。
その時、センの首が飛んだ。
胴体から離れた頭が回転し、落ち、転がっていく。
俺は不快な音を聞いた。精神を破壊するような、気色悪い音。もう慣れてしまったが、やはり心地よいものではなかった。
『ジャンバラ』の斬撃音というのは。
オーディン・グライトは、血で汚れた『ジャンバラ』を鞘に納めた。
首の無いセンの死体が、俺に寄りかかるように倒れてくる。
死の瞬間は刹那的だった。強烈な存在感を発していたセンですら、終わりは一瞬だ。数えきれない殺人を行った男は、呆気なく殺された。
終わったのか……?
いまいち実感が湧かない。それでも、目の前の光景が事実を突き付ける。
俺達は勝ったのだ。




