第115話 「斬って斬られて」
オーディンは徐に車の残骸に近付き、鉄製のドアを握った。そして腕を振り上げ、壊れた車を持ち上げた。1トンは軽く超えるであろう重さの鉄屑を、いとも容易く放り投げる。ガラスの破片を撒き散らしながら、ひしゃげた車はセンに向かって飛んだ。なんて馬鹿力だ。オーディンはただ者ではないと思っていたが、常軌を逸している。いや、人外じみた身体能力を持つ奴なら俺の隊にもいるが。ハルバート家でもないオーディンが、こんな腕力を有しているとは予想外だった。
「ハッハァ!」
センの高笑いが響いた。
センは軽くジャンプすると、宙を舞う車を『セナージ』でぶった斬った。その直後、『ファストグシーガ』の右足で車を蹴飛ばす。
「こんな攻撃! オレには届かねぇよ……」
言葉の途中で、センが目を見開いた。落下するセンに向かって、オーディンが走っている。無論、その手には『ジャンバラ』が。
「ちっ……!」
空中においては地面を蹴ることは出来ない。咄嗟の方向転換が不可能なため、回避は難しかった。
『ジャンバラ』の刃がセンに接近する。
センは避けられなかった。『ジャンバラ』がセンの肘を貫き、そのままセンの左腕が切り落とされる。
センの顔に苦痛の色が浮かんだ。
だがそれは、オーディンも同じだった。
オーディンがセンの肘を切断した、その刹那の瞬間に、『セナージ』はオーディンの左腕を斬っていた。オーディンの腕がボトリと落ち、オーディンの服が赤く染まる。
センは左肘から先を。オーディンは左肩から先を失った形となった。
一瞬の斬り合いの後、両者は距離を取った。
「オレとクロムちゃんのトークを邪魔しやがって。無粋だぜ、おっさん」
「それは良かった。我が輩は悪党だからな」
二人とも、腕からドバドバと血を垂れ流している。
オーディンは茶色く小さなボールを取り出し、傷口に近付けた。直後、小爆発が起こる。いや、大きな音と共に火が発生した、と形容した方が的確か。オーディンの右手が燃える。その火はオーディンに頬と肩を掠めた。今のボールは火薬だったのだろうか。どういう仕組みで発火したのかは分からないが、力を込めて握った瞬間に燃え出したように見えた。何をやっているんだ。
と思ったら、オーディンの傷口に火が付き、血が止まった。そうか。止血か。傷口を焼いて、血を止めたのか。無茶をする奴だ。まるで自分に悪意をぶつけているかのような止血方だ。
オーディンは腕と肩に残った火を払った。豪雨により火は弱々しくなっていたので、簡単に消火出来たようだ。
痛みなど感じさせない表情で、何事も無かった様に立つオーディン。
「ふむ。やっとまともな一撃を食らわせたな」
悪意の塊は、したり顔で笑った。
センはさらに距離を置こうと下がったが、足に何かがぶつかった。
「あぁん?」
センが見下ろした先にいたのは、幼い男の子だった。
センに両断され、物言わぬ状態にされた子供だ。
「邪魔だ」
センは子供の右半身を右足で蹴った。雨水と血にまみれた肉塊が、回転しながら宙を飛ぶ。ただ蹴って退かした訳ではない。子供の右半分は、俺の方に飛んできた。先ほどのオーディンの攻撃を彷彿とさせる光景だ。となれば、これはセンの攻撃で、俺に隙を生ませるための作戦だろう。
人の死体を攻撃に使う……。なんて嫌悪感の高まる手段なんだ。
既に生きてはいないとは言え、人間を武器に使うなんて人のすることじゃない。
だからこそ……俺は謝った。
「すまない」
俺は『クロミール』で、飛んでくる男の子を斬った。まだ新鮮な血が滴る、その遺体を。一刀両断した。男の子の肉体は、俺から離れるように飛んでいく。
当然、『クロミール』には血が付着した。だが『クロミール』に付いた血は、刀から拒まれるかのように刀身から弾かれる。一滴の血液も受け付けない……それが『クロミール』だからだ。
『クロミール』に付いていた血は、俺が刀を振る動作に合わせて、前方へと飛散した。激しく吹き飛んだ血飛沫が、センの顔面を襲う。
これが『クロミール』の技の一つ。血の目眩ましだ。血を弾く特性をを生かした攻撃手段。
そう。俺は、人の死体を武器にした。
「うぁっ!」
センの目に血が入った。センは目を瞑り、目元を手で押さえた。
相手の攻撃を利用し、自分の攻撃を強める。それが『アイズ流護身術』の基本だ。今、センには決定的な隙が存在している。
俺はチャンスを見逃さず、前方に素早く進んだ。目が見えないにしても、音を聞くなり空気の流れを読むなりすれば、俺の接近に気付けただろう。だが、オーディンの攻撃で調子が狂っていたのだろうか。センは反撃に転じることもなく、かわすこともなく。
俺の攻撃を受けてしまった。
センの心臓に深々と突き刺さる『クロミール』……。




