第114話 「生きたくて、殺したくて、辛くて、楽しくて」
「なっ……!」
数トンはあるであろう重量の自家用車が、俺目掛けて落下している。風で吹き飛ばされたのか? そんなはずはない。そんな強風なら、俺だって飛ばされている。
どうして車が降ってきたのかは知らないが、とにかく回避だ。
「クロム! 上だ!」
オーディンが注意を呼び掛けてくれたが、その必要は無い。とっくに気付いている。俺は車の落下地点から離れるように走った。
俺の立っていた道路に、金属製の乗り物が衝突する。車はバラバラに砕けて、四方八方に飛び散った。爆発するかと思ったが、心配は無用だった。この車は可燃性の液体を使用しない車だった。有害物質を出さない、環境に優しい車らしい。衝突の影響で火花が散っても、爆発はしない。エリックが前にそう言ってたから間違いない。
「避けられちまったなぁ、おい!」
センの声が高所から聞こえた。ビルの屋上に、センが立っている。センはドラゴンの右足を見せつけながら、俺達を見下ろしていた。
「クロムちゃんの危険察知能力には戦慄すら覚えるぜ」
センの右足……確か『ファストグシーガ』とかいうドラゴンの足を移植したとか。最速の竜の足か。あれを使って車を蹴飛ばしたのかもしれない。俺達が認識出来ない所から、車を吹っ飛ばしたのか。人間の足なら不可能だろうが(ハルバート家の人間は除く)、ドラゴンの足なら規格外の行動が出来ても不思議じゃない。
センの武器は『セナージ』だけではないのだ。あいつの右足も、脅威的な凶器になる。
「よっ、と」
センは屋上から飛び降りた。決して低くない場所からのジャンプだったが、センは平然とした様子で着地した。
「台風か。おかしいなぁ。オレが街に入った時は晴れてたのによ。もう北上しやがったのか? 台風のスピードって思ったより速いんだな」
センは空を睨んで言った。
「そうかそうか。この世間知らずの街にも、やっと雨が降ったか。外との接触は、この街にどう影響するんだろうな」
センは雨水を浴びながら笑っていた。
「……ま、思い知るといい。世界はオレ達人間のことなんか大嫌いだし、だからこの世は全然優しくない。人殺し集団が街中の人間を虐殺するぐらいにな」
そしてセンは留め具を外し、鞘から『セナージ』を抜いた。
「風はちょっと大人しくなったみてぇだな。もう一回『セナージ』の出番だぜ」
再び殺し合いの始まりだ。
最初に仕掛けたのはオーディンだった。オーディンは水溜まりを思いっきり蹴り、激しい水飛沫を飛ばした。水の目眩ましがセンの顔を襲う。
センは水を避け、高くジャンプした。高層ビルの近くまで跳ぶと、続いてビルを足蹴にした。その勢いでセンが急接近してくる。落下しながらの突撃だ。脚力を生かした激しい動き。カインズみたいな戦い方だ。
俺はセンの首を斬ろうと『クロミール』を振ったが、『ファストグシーガ』の右足で防がれてしまった。俺とセンは吹っ飛び、後方へ飛ばされる。地面に体をぶつけながらも、早々に体勢を立て直した。センも同じく、構えに戻る。
センに蹴られたビルに、穴が空いていた。ドラゴンの右足の強さが窺える。
「やっぱり通じねぇか。こんなに速いのによ。随分慣れた反撃だぜ。クロムちゃん、オレ並に速い奴と戦ったことがあるのか?」
俺がセンの落下攻撃に対応出来たことが意外らしい。
「ああ。お前なんかよりも強くて頼もしい奴だ」
センのスピードはカインズに匹敵するが、動きの精度ならカインズが勝っている。速く動いた時のセンは、自分のスピードについて行けていないようだった。
そもそも、ハイスピードの移動は、カインズの優秀な目があってこそのものだ。自分が速く動けば動く程、周りの景色も速く動く。当然、敵の攻撃も速く近付く。その速さに対応出来る目が無いと、速く動いても弱くなるだけだ。
「じゃあ足に頼るのはやめだ。せっかく貰った足だけどよ、正直使いづらいったらありゃしねぇ。片足だけ強くても、バランス悪いしな。オレには人間の体が似合ってるぜ。ま、所詮オレは未完成品ってことか」
「未完成品? ……何の未完成品だ」
「あ? 教えねぇって。話すと長くなるからよ。どうせテメェ等は死ぬんだ。知らなくてもいいだろ」
センは面倒くさそうに俺を見た。
「とか言いつつ、まだ殺せてねぇんだけどな。テメェ等が予想以上に強くてイライラしてきたぜ。同時に楽しくもあるんだけどよ」
センは目を細めて笑った。
「楽しい?」
「ああ。オレはな……人を殺す度、快感と同時に不快感があった。何でか分かんねぇけどよ。死ぬ程ストレスが溜まったぜ。誰かを殺してないと、もっとストレスが溜まった。殺戮という生き甲斐に依存してたのかもな。だからこそ、今が楽しいぜ」
「救いようの無い奴だ」
「確かにな。救われねぇよ。オレの人生は、生まれてからずっと呪われてた。生きてる実感の無い毎日が、殺戮によって救済されたはずだった。だがそれも、オレの枷になった。どう足掻いても苦しいままだ。殺しても、殺さなくても。でも同情なんて期待してないぜ。死にきった人生だけどよ。それでもオレは生きてんだ」
「……相変わらず、お前はよく分からない話をするな」
集落にいた頃と変わらない。
「そうかよ。じゃあ分からなくていいぜ」
『セナージ』の刃に、雨の雫が滴る。刃先に触れた雨水は、二つに別れて落ちていった。
この憂鬱な雨を、断ち切っているようにも見えた。




