第113話 「空気が読める男」
死の匂いが漂う街で、三人の剣士が戦っていた。
クロム隊の隊長である俺と、『イーヴィル・パーティー』のボスであるオーディンと、『執念の手』のセンだ。
数の不利があっても、センは苦戦する様子など見せず、快捷なる刃を振るっていた。
センの所有する武器『刹那の一振 セナージ』は、極めて薄い刀身を持つ。その薄さ故、『どんな物体でも斬れる』という特殊能力を保持しているそうだ。
にわかには信じ難い性能だが、『セナージ』の製作者はあのキャリア・スカーロだ。最先端科学と伝統技術を駆使したキャリアの剣ならば、ふざけた能力が備わっていてもおかしくない。
斯く言う俺の刀『純潔の一振 クロミール』だって、『刀身に付着した血を完全に弾く』といった能力を持っている。当然、キャリア・スカーロが作った武器だ。一体全体、どのような仕組みで血を弾いているのかは知らないが、何かと便利な能力だ。刀が血で劣化することがないし、血で切れ味が悪くなることもない。
そしてオーディンの『加害の一振 ジャンバラ』は、『五感を刺激して、気絶や病気を引き起こす』能力を有している。ジャンバラの形状を見たり、匂いを嗅いだり、音を聞いた者は、たちまち心身が壊れてしまうのだ。その脅威を、俺は痛感している。ただし、ジャンバラの能力は『過剰なストレスに慣れている人間』には効かないそうだ。この場にいる三人はその条件に当てはまっているため、ジャンバラの能力は意味を持たなかった。精々、不快に感じる程度で、戦闘の勝敗を左右することはないだろう。
希少価値が高いキャリアの武器が、一つの戦場に集まるとは。なかなかに珍しい。
しかし、『セナージ』の刃があんなに薄かったら、すぐに折れてしまいそうだ。空気の抵抗を受けただけでも、ポッキリ折れるのではないか。
しかも、『セナージ』は硬くて真っ直ぐだ。曲がっていない。食らった衝撃を受け流して全体に広げることは、不可能だろう。硬い物は衝撃に弱く、脆いのだ。ならば尚更壊れやすそうだ。
と思ったが、『セナージ』が折れる兆候は見られない。センは何度も俺達に向けて剣を振っているが、『セナージ』の刀身にはヒビすら入っていないようだ。
おそらく、これがキャリアの為せる術だろう。特殊な合金か何かを素材に使っているに違いない……と、俺はなおざりな推理をした。
「いいこと教えてやるぜクロムちゃん。オレは空気の流れを読むことが出来る。いくら『セナージ』が薄くてもよぉ、空気の抵抗で折れると思ったら大間違いだぜ? 折れないような斬り方をするなんて朝飯前だからなぁ!」
センは俺の心を読み取ったかのように叫んだ。空気の流れを読む、か。俺の警戒心と似たようなスキルなのだろうか。俺の聞きたいことを話してくれるなんて、色んな意味で空気が読める奴だ。いや、ただ単に俺の動揺を狙っただけかもしれないが。
「お前の言い方から察するに、『セナージ』は折れない武器じゃないようだな。だったら、お前の自慢の剣を叩き割ってやるだけだ」
『セナージ』の側面に衝撃を与えれば、きっと折れるはずだ。
と、思うだけなら簡単だが、実行に移すには難しい。センに決定的な隙がある訳じゃない。迂闊に近付いたら、『セナージ』で綺麗に二等分されて終わりだ。
戦いの最中、雨が降った。おかしいな。中央都市にはガラスの屋根があると聞いていたのだが。
「ヤベッ!」
センは剣を鞘に納め、留め具で鍔を固定した。
突風が下から吹き出した。余りにも唐突で、前後の脈絡を無視した自然現象だった。だが大風はすぐに止み、次に訪れたのは豪雨だった。瞬く間に俺の制服はびしょ濡れになり、黒い長髪がしっとりと水気を帯びていく。
少しの風と大量の雨が中央都市を襲った。
そう言えば。中央都市に来た初日、カインズが言っていた。台風が近付いてきている、と。そうか。もしかすると、上空のガラス天井に穴でも空いたのかもしれない。それで台風の雨風が中央都市に侵入してきたのだろう。
センは、俺より先に風が吹くことを察知していたのかもしれない。だから『セナージ』を鞘に納め、剣が折れるのを防いだのだろう。やはり、『セナージ』は風が吹いただけでも折れるのか。
「……っ! センは!?」
雨と突風で視界が悪くなった間に、センがいなくなっていた。慌てて周囲を見渡すが、どこにもセンの姿は見えない。隠れて奇襲を狙う気か。
俺は警戒を強めたが、視界が悪いし、音も聞きづらい。雨風の妨害が少々厄介だ。
「あいつ……どこへ行った……」
逃げたとは考えにくい。あいつの性格からして、俺を殺さずに逃げたりはしないだろう。
センはきっと、不意打ちを狙っている。どこから攻撃が来てもいいように警戒していると、上空に気配を感じた。
空から車が降ってきた。




