第112話 「狙撃手と爆弾魔」
スーニャ・チルは爆弾が大好きな少女である。
だから『執念の手』に加入した。爆弾で思いっきり人を殺したかったから。
今日の中央都市襲撃作戦でも、スーニャは欲望のままに爆破した。
人が、建物が、道路が、車が。スーニャの気分次第で、本来の形状を失ってしまう。それに怯えて逃げ惑う人々を見るのが、とても愉快だった。
民衆を眺めるには、ここ、ビルの屋上が最適だ。高く広く、街を見渡せる。
「あれれ?」
ここでスーニャにとって予定外の事態が発生する。
「雨だー!」
スーニャは雨風を全身で感じた。
「中央都市で雨は降らないんじゃなかったのん? おっかしいなー」
豪雨が街を濡らし、火事を消していく。せっかく火災で死傷者を増やそうと思ったのに、阻止されてしまった。街が、冷えていく。
「うーん、どうしよっかなー。これじゃあ爆弾がドッカーンってならないよん」
スーニャは、屋外にしか爆弾を設置していない。スーニャが王宮に行くまでにさりげなく仕掛けていたので、屋外の方が屋内より見つかるリスクが少なかったのだ。流石に、爆発物を設置するところを見つかったらまずい。
屋外に設置した爆弾は、雨に濡れ、使い物にならなくなってしまった。導火線は湿ってしまったし、着火装置も使えないだろう。
ガラス天井が開いたことで、スーニャの爆弾は無力化された。
「しかもしかも。なんかモブ達が避難しちゃってるぽいね! アイズが避難誘導したのかな? 困ったよん」
屋内に逃げられては、民衆を爆破出来ない。普通の建物に避難されたのならともかく、避難場所に指定された建物ではちょっとした警備システムがあるから、迂闊に近付けない。
「うーん。めんどくさいけど、あいつらを直接爆破しに行こうかな?」
近距離での爆発なら、爆弾が湿る前に起爆出来る。だが、それだと危険を冒すことになるし、爆死する様子を遠くで傍観出来ない。
「ちょっとリスクが高いけど……」
言葉を言い終わる前に、スーニャは殺気を読み取った。『執念の手』の連中が発しているような、鋭い殺気。
スーニャは咄嗟に身を翻した。スーニャの足の近くに、弾丸が命中する。屋上の床に当たった銃弾は、明後日の方角に跳ねていった。
「危ないなー。誰?」
スーニャは爆弾を手に持って尋ねた。
屋上の入り口に、一人の男が立っていた。アイズの制服を着た、緑色の髪をした青年。背が高く、眼鏡をかけていて、知的な印象を醸し出していた。
彼は雨に濡れながら、銃口をスーニャに向けた。
「やはりここにいましたか。はじめまして爆弾魔さん。僕はアイズ実働部隊チェルド大陸担当『クロム隊』の副隊長。ファティオ・ハージという者です」
ファティオは紳士的な笑みを浮かべて、言った。
「貴女を捕まえに来ました」
ファティオの銃弾が空気を裂く。拳銃から放たれた一撃は、スーニャが持つ爆弾を撃ち抜いた。火薬部分に当たることなく、信号受信装置だけを正確に貫いて。
「わわっ!」
スーニャは爆弾を手放した。銃撃の衝撃が手に残っている。
床に落ちた爆弾は、爆発せずに転がった。
「抵抗しないで頂けると、僕も余計な暴力をせずに済むのですが」
「ちょっ、ちょっと待って!」
スーニャは慌てて手を前に出した。ファティオの狙撃技能に驚愕していたのもある。だがそれ以上に、何故自分の居場所がバレたのかが疑問だった。スーニャは爆破活動を行いながら、民衆の観察場所を頻りに変えていた。不規則な移動を心がけていたのだが、どうしてこの場所を特定出来たのか。スーニャがこの屋上に来たのは、ついさっきだというのに。
ファティオがスーニャを尾行していたのであれば、スーニャが気付いていたはずだ。つまりファティオはたまたまスーニャを見つけたのか……それとも、あらかじめここに来ることが分かっていた……?
「質問質問! 何であたしの居場所がバレたのかな?」
「予測したんですよ。爆発被害の場所を調べていけば、次の爆破地点は大体予想出来ます。貴女の爆弾、遠隔操作で起爆するタイプですよね? となれば、信号を送ることが出来る範囲は限られています。爆破地点の移動に合わせて、起爆者も移動しているのではと、推理しました。後は、それらしい場所をしらみ潰しに探すだけです。結構早めに見つかりましたけどね」
しれっと言っているが、爆破地点の規則性を見つけて次の爆破地点を予測するなど、簡単に出来ることではない。軍の捜査機関にやらせれば、一週間はかかる仕事だ。
「正解。お兄さんの言う通りだよん。あたしの爆弾の特徴まで言い当てるなんて、賢くて博識だね!」
スーニャの爆弾は、スーニャがスイッチを押すことで着火し、起爆する。遠隔操作爆弾だ。
「ありがとうございます。僕は作家ですから」
ファティオは推理の的中を喜び、微笑んだ。
「最近の作家って銃を使うのん? 武器じゃなくてペンで戦いなよ」
「ペンにはペンの強さが、銃には銃の強さがあるんですよ」
スーニャは明るく喋っているが、内心では焦りを感じていた。ファティオの実力は、既に痛感している。『とっておき』の爆弾が無い今、スーニャの爆弾で戦って、勝てるかどうか。
「へー。そうなんだー……」
いや、戦う必要はない。アイズに捕まらなければいいのだ。
スーニャは密かに、手前に小型爆弾を投げた。
「お兄さん、あっぶなーい!」
スーニャが叫ぶと、ファティオの目の前が小爆発を起こした。ファティオは後ろに下がって、爆風を回避する。
ファティオの視界が遮られている内に、スーニャは屋上から飛び降りていた。
「じゃあね! アイズのお兄さん!」
スーニャは落下しながら、自分の靴から爆風を発射している。靴に仕掛けた爆弾の爆風で、落下速度を減らしながら着地した。地面に着いたスーニャは、煙幕を撒き散らしながら一目散に逃げる。
「逃げちゃえ逃げちゃえ!」
スーニャはしっかり目撃していた。先程の小爆発で、ファティオの眼鏡が吹き飛んだことを。床に落ちて壊れた眼鏡は、もう使い物にならない。
視力が落ちた状態では自分を追えないだろう、とスーニャは確信した。
やがて、雨風が煙幕を吹き飛ばしたが、既にスーニャの姿は無かった。
「逃げられちゃいました」
ファティオは姿勢を元に戻し、壊れた眼鏡を拾った。
「まぁ、逃がさないんですけどね」
ファティオは眼鏡をポケットにしまい、濡れた顔を手で拭いた。
ファティオは屋上から街を見る。激しい雨と暗い空のせいで、非常に視界が悪かった。数メートル先の景色もしっかり見えない。
そんな風景を眺めて、ファティオは、言った。
「久し振りに、世界がはっきり見えます」
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