第111話 「ユリーナは迷わずに希望に誘った」
中央都市の住人は当てもなく逃げていた。立ち止まっていると、爆破されるかもしれないからだ。上級貴族のホルク・ハルバートもその一人だった。王と王子の頭が吹き飛んだのを目にして以来、ホルク達は恐怖を糧に足を動かしていた。
また、背後で爆発が起こった。
何人かは避難場所に逃げきれたのだろうか。中央都市の人々の頭には、『避難場所にいれば安全が保証される』という理屈が存在している。生まれた時から「安全だ安全だ」と言われ続けてきたので、安全な場所だと信じているのだ。実際、今の中央都市の中では『比較的』安全な施設だろう。だが、そこが見つからない。避難場所の建物の位置は、『マインド』が教えてくれるはずだった。しかし『イマジンハート』の機能が完全に復活出来ていない今、『マインド』は何も語らない。これでは高性能機器も、ただの燃えないゴミだ。
だから自力で避難場所を探そう……と簡単にいく話ではなかった。
街の住人のほとんどは、中央都市の地理に疎い。中央都市で暮らしているくせに、近所の道案内すら出来ないのだ。生まれ育った街なのに、まるで見知らぬ異世界のように見えた。
この原因としては、全自動運転車の普及や、公共交通機関の発展などが挙げられる。道順を覚える必要が無かったのだ。ただでさえ道路が複雑に入り組んでいるのに、これでは道を把握することなど出来ない。
街を歩く時は、『マインド』が道順をナビゲートしてくれる。どう進んだらどこに着くかは、人間ではなく『マインド』が記憶していたのだ。そんな彼らが、自分の力だけで、どこにあるかも分からない避難場所を探すことは、困難を極めた。
だから闇雲に逃げた。もしかしたら、避難場所を通り過ぎてしまったかもしれない。でもそんなことは分からない。
「何で僕がこんな目に……」
ホルクは恨んだ。安全で平和な日常に叩き付けられた、この不条理を。
彼らに追い打ちをかけるかのように、激しい雨と風が襲った。走りまくって減った体力が、さらに削られる。人々は降るはずのない雨に驚いたが、すぐに逃走に戻った。雨水の感触が気持ち悪い。体温がどんどん低くなっていく。
体力と精神が限界に近付いた時、彼女は現れた。
「皆さーん! 避難場所はこっちでーす!」
機械で増幅された大声が街に響く。若々しくて元気いっぱいの声が、ホルク達の足を止めた。
「こっちでーす! ついて来て下さーい!」
声の方角を見ると、アイズの制服を来た少女が立っていた。16歳くらいの、栗色セミロングの女の子。雨でびしょびしょに濡れながら、マイクを片手に叫んでいた。遠くまでよく通る声だった。
「あの人は……!」
ホルクは彼女に見覚えがあった。カインズを失脚させるために、ホルクは彼女に濡れ衣を着せた。ヴィルカートスの形相に怯えてお漏らしをしてしまった、あの女の子は……。
「ユリーナさん……」
ユリーナはぴょんぴょんと跳ねながら、盛んに手を振っていた。避難誘導をしているのか。
「早く早く! ついて来て下さーい!」
人々は判断に迷った。彼女の誘導に従うべきか。だが、逡巡の暇は無い。藁にもすがる思いで、人々はユリーナについて行った。客観的に見れば、見知らぬ人間の誘導は罠である可能性もあった。しかし、人々はユリーナを信頼した。焦りと恐怖だけが理由ではない。ユリーナが纏うアイズの制服……それは世界各国で築き上げてきた、人助けの実績の証だった。アイズなら信じていいだろう……人々はそう確信したのだ。それだけ、ユリーナが着ている服の重みは大きいということだ。
ユリーナは彼らの期待に答えなくてはならない。もちろん、ユリーナはそのために来たのだ。
ホルクもユリーナについて行った。ユリーナは人々を引き連れ、中央都市の道をすいすい進んでいく。
ユリーナは滅多に迷わない。クロム隊の皆で街を散歩した時、一通りの道順は覚えた。避難場所の位置だって、大体把握している。三日前にこの街に来たばかりだが、ユリーナはこの場にいる誰よりも街の地理に詳しかった。
ユリーナの持つ長所。戦闘力でも知識でもないこの長所が、多くの人々を救済する希望となった。
「ここです! この避難場所に一旦逃げて下さい!」
ユリーナは避難場所の一つであるビルに到着した。ユリーナについて来た人々は、安堵の表情を浮かべている。
だがここで一つの問題が。
「あれ? ドアが開きません」
ユリーナがドアを叩いても、ドアは固く閉ざされたままだ。
「避難場所の緊急セキュリティが働いて、ドアがロックされたのかも」
誰かが言った。
避難施設のセキュリティシステムは、『イマジンハート』から独立しているため、『イマジンハート』が動かなくなっても使える。と言っても、『イマジンハート』のセキュリティに比べたらオモチャのような性能だが。
そのセキュリティシステムのせいで、せっかく避難場所に着いたのに入れない。
「ど、どうしよう! 僕達、避難出来ないよ!」
誰かが言ったのを皮切りに、人々が騒ぎ始める。混乱を収めたのは、ユリーナだった。
「このドア、壊しましょう! 手伝って下さい!」
ユリーナが提案しても、人々はポカーンとしたマヌケ面を見せるだけだ。
「だ、駄目でしょう。公共の施設を破壊するなんて。法律違反ですよ」
こんな非常時に、誰かが正論を主張した。
「言ってる場合ですか! 早く避難しないと、爆発の餌食になるかもしれないんですよ!」
ユリーナが怒声を浴びせたが、誰もユリーナを手伝おうとはしない。
助かりたいけど、犯罪者のレッテルを貼られるのは嫌だ。
そんな意図が見え透いている。
「僕が手伝うよ!」
挙手して前に出たのは、ホルク・ハルバートだった。
「僕だって、曲がりなりにもハルバート家なんだ。こんなドアぐらい、ぶっ壊してやる! わっしょおおおおおおおおおおおおおい!」
ホルクが体当たりをかますと、ビルのドアは吹き飛ばされた。重い肉体から放たれる、迅速かつ強靭な一撃。ハルバート家の身体能力が為せる体当たりである。
人々は歓声をあげた後、雪崩れ込むようにビルに入った。避難場所には食料と水がある。雨風も凌げるので、体力の低下は心配無い。
「これできっと一安心です。えっと……ホルクさん、でしたっけ? ありがとうございました」
ユリーナがビルを去ろうとしたので、慌ててホルクが引き留めた。
「待って」
「え?」
ユリーナは振り返ると、ホルクは疑問を語った。
「ユリーナさん。何で僕達を助けたの? 僕なんか、君に濡れ衣を着せようとしたし、仲間を裏切ってカインズに取り入ろうとした。こんな僕なんかを、何で……」
「何で、って……。私がアイズの隊員だからですよ」
「おかしいよ! 危険に囲まれた今の状況で、他人を助けようと考えるなんて! それも、僕みたいな人間まで!」
「おかしくなんかないですよ」
ユリーナはビルの入り口の方を向き、言葉を続けた。
「ここで私が皆さんを見捨てたら、絶対に後悔すると思うんです。アイズにいる私は、自分に自信を持って生きたいんです。足手まといじゃない証明が欲しかったのかな。……私の愛する人は、私がピンチの時に飛んで来てくれました。私も、あの人のようになりたいんです。私は、あの人に近付きたくてアイズに入ったから」
ユリーナは歩を進め、ビルの外に出た。
「それだけです。では、私は他の人達も助けに行くので」
ユリーナの姿が見えなくなった。
ホルクは、そんなユリーナの後ろ姿を呆然と見ていた。
「自分に、自信を……」
ホルクは、あまり優秀な方ではなかった。そのため、周りの人間から悪口を言われることも多かった。自分を守るために自己中心的な性格になり、ますます嫌われた。味方はヘンリーとイミリくらい。自分に、自信が無かった。それでも、「僕はハルバート家だから、凡人より立派だろう」と、薄っぺらなプライドだけはあった。
そんなくだらない矜持も、たった今崩された。
「こっちこそありがとう……ユリーナさん」
色んな意味で、ホルクは救われた。心も、命も。
ホルクは、雨に濡れた体が温かく感じた。
* * *




