↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
115/1030

第109話 「黒の毒」

「……おや?」

 ベシムは違和感を覚えた。ミミの様子が、ベシムの想像していたものと違ったからだ。この感じ……何かがおかしい。

 まさか……この液体の正体は……!

 ベシムが気付いた時には、ミミはもう行動に移っていた。


 ミミは寝返りを打ち、右手の力だけで下半身を持ち上げた。ミミの足が素早く起き上がり、ベシムの顎を打つ。ミミは右手だけを支えに逆立ちをして、バク転を決めた。

 ミミに蹴り飛ばされたベシムと、体を震わせて立つミミ。

「なっ……!」

 ベシムは顎を押さえながら、ミミを凝視した。

「何故動けるのデス……? 麻酔毒の効果はまだ切れてないはずデスが」

 疑問を口に出しつつ、ほとんど答えは分かっていた。

 黒の毒……その正体は……。

「ドーピング」

 ミミは盛んに呼吸をしながら答えた。

「この『黒の毒』は、わたしが発明したオリジナルのドーピング。身体能力を引き上げ、脳の活動を活発にさせる。でも、興奮状態になったりとか……色々な副作用があるけど」

 ミミの顔は赤く染まり、口元から涎が溢れていた。

「馬鹿な。ドーピング程度で拙者の麻酔毒を無効化出来るはずが無い!」

 体の動きが活発になろうと、麻酔で動けなくなった体が動けるようにはならない。

 だがそれは、効果の小さいドーピングの話。

「わたしの黒の毒は……効果も副作用も大きい。多分、衛生団に見つかったら違法薬品に認定されると思う。だって、麻酔で動けない体を無理矢理動かせるんだから」

 人体に悪影響が出るドーピング。故にミミは、この薬品を『毒』に分類した。

「出来れば使いたくなかった。だからこれは、絶対に勝ちたい時に使う切り札。ありがとう……わたしに飲ませてくれて。おかげであなたに勝てる」

 ミミの息がどんどん激しくなる。ミミは息を吐いたタイミングで、強く地面を蹴った。瞬く間にベシムに接近するミミ。

 ベシムは咄嗟に反応し、カウンターを決めようと拳を突き出した。だがミミはそれを避け、ベシムの顔面を思いっきり殴った。ベシムの口から、血と唾液が吹き出す。

 ベシムの体は道路に叩き付けられた。骨にヒビが入り、内臓にもダメージが及んでいる。


「ぐぬぅ……ここは逃げるが勝ちデスな」

 ベシムの痛み止めの効果はもうすぐ切れる。万策尽きる前に、ミミから離れなくては。

 ベシムは一心不乱に走ったが、ミミは見逃さない。

「待って」

 ミミの蹴りがベシムの足の骨を砕く。痛みは感じないものの、ベシムは逃げの一手を封じられた。

「おやおや、老人に厳しいお嬢さんデスな」

 ベシムの顔から、次第に余裕の色が薄れていった。

 一方ミミは、冷たい視線でベシムを見下ろしている。

「痛くなさそう。痛み止めを飲んだの? わたしはこんなにも痛いのに。痛いのに。痛いのに……」

 ミミはベシムの腹を何度も蹴った。既にドーピングの影響で、精神が侵食され始めている。

 冷たい雨と激しい風が、二人の体を襲っていた。露出の多くなったミミの肌。彼女の痛々しい傷痕に、雨が勢いよく当たっている。

 まだ、痛い。ドーピングで強化されても、痛みは依然としてミミを襲っていた。


「わたしの痛みを、誰も理解してくれない」

 ミミは再び『熊飼のロープ』を取り出し、ベシムを縛ろうとした。

 その時、ベシムは目を見開いた。

「残念デスねぇ。拙者に引導を渡すのは、拙者の毒だけなのデスよ……」

 ベシムの顔色が急変した。濃い青色がベシムの顔を支配し、ベシム全身が膨張し始める。何が起こったのか把握する間も無く、ベシムの体は破裂した。後に残ったのは、スーツケースと、白衣と、青色の肉片のみ。

 一瞬の内に崩壊したベシムの肉体を見て、ミミは呆然としていた。

「そっか。歯の裏に自殺用の毒を……」

 毒を愛した男は、毒で虐殺を行い、毒で自分を殺した。

「じゃあ、わたし勝ったんだ」

 ミミはフラフラと周囲を歩き回り、虚ろな目で街を見た。

「他の敵もいるはず……探さなくちゃ」

 ミミは、自分が鼻血を出していることに気付いていない。ミミの体の震えはどんどん大きくなり、顔の紅潮も進んでいた。

「雨……冷たいな」

 心が高ぶって、もう訳が分からない。副作用が進行し、ミミの精神は限界に迫っていた。

「やっぱり休憩したい……。ごめん」

 ミミは近くの建物に入ろうとしたが、ドアがロックされていた。仕方ないので、建物の壁に寄りかかって休む。

「痛い……疲れた……寒い……辛い……」

 この最低な気分。どこかで同じ感覚を味わったような気がする。そうだ。これは。

「まるでわたしの故郷みたい」

 誰も味方がいなくて、誰も自分を理解してくれなかった、あの故郷。

 久し振りに、思い出してしまった。


 ミミは小さくクシャミをした。体の震えは、副作用だけの影響じゃなさそうだ。

「風邪薬は持ってきてないんだけど……」

 雨音がうるさい街中で、孤独を感じながら、ミミは体の力を抜いた。


              *   *   *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。