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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
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第107話 「雨風襲う」

「ブフォフォフォフォフォフォフォフォ! 逃げてばかりデスねぇ! アイズの実力はその程度デスかぁ?」

 毒薬を街中に散布しながら、ベシム・トクシックは高笑いをした。彼の周囲にあった街路樹は朽ち果て、茶色く変色していた。ベシムが撒いている薬品は、細胞を壊す猛毒。体内に吸収すれば、体が腐って死んでしまう。そんな毒薬が気体となり、街に広がっていた。

「隠れていないで出てきたらどうデス? 早く拙者を止めないと、また多くの人が死にますよ?」

 『執念の手』の毒使いベシムは、ビルが建ち並ぶ道路で辺りを見渡していた。


 その頃、アイズ所属のミミ・チプルはビルの陰に隠れていた。このままベシムに近付くと、毒を食らって死んでしまう。そのため、離れた所で様子を窺っていた。

「あの毒……特性は知ってるけど……」

 ミミはポーチから毒入り試験管を取り出した。赤の毒が二本。青の毒が三本。中和用薬品が一本ずつで五種類。そして切り札……黒の毒が一本。残りはこれだけだ。

「あれの中和剤が無い……」

 ベシムの周りには、強力な毒ガスが充満している。中和剤の無い今、ベシムに近付くのは不可能と言っていい。

 風でも吹けばガスが飛んでくれるのだが、生憎ここは『室内』だ。建物の外にいるが、ここは巨大六角柱の壁に覆われた『室内』なのだ。毒ガスを吹き飛ばす程の風は吹いてくれない。

「どうしよう……」

 戦闘が始まってから、もう数十分は経過した。このまま鬼ごっこを続けていても埒明かない。早くベシムを仕留めないと。

「取り敢えず、ここを離れなきゃ」

 ベシムが近付いてきている。今は見つかっていないが、場所を特定されたら危険だ。

「あの毒が尽きるのを待っ……」

 ミミの言葉が途切れた。ミミはがくりと膝を落とし、姿勢を低くした。

「あっ……うあっ……」

 口が上手く動かせない。全身が痺れ、力が抜けていく。体が重くなるような、不思議な感覚があった。

 麻痺毒を受けてしまったのか。いつの間に。ベシムからミミまでは結構な距離があったが、麻痺毒がここまで届いたのか。

 恐らく、今まで使っていたような気体の毒。しかも、無色透明な毒だ。

「あぁっ……うぇ……」

 早く逃げないと。見つからない所まで避難しないと。

 こんな状態で捕まったら、好き放題されてしまう。

「見つけましたぞ、ミミ殿」

 ベシムの下衆な声が聞こえた。老獪さが滲み出ていて、毒々しい声色だ。

「あっ……くっ……」

 ミミは地面に這いつくばった状態で、ベシムを見上げた。

「拙者の麻痺毒が効いたようデスな。毒に苦しむその姿、非常にそそられますぞ」

 ベシムはゆっくりとミミに近付き、スーツケースからフラスコを取り出した。

「さてさて。お楽しみの時間デスな。どの毒でいたぶってあげましょうか」

 ベシムがフラスコを見て、いやらしく笑う。


 その時だった。上空からポツリ、ポツリと冷たい何かが降り注いだ。それはどんどん勢いを増し、冷ややかな温度と轟く音を中央都市に打ち付けた。

「ん? これは……雨?」

 激しい激しい雨が、中央都市の至る所を濡らす。乾いた道路に水溜まりを作り、逃げ惑う人々を冷たく撫でる。

 今、チェルド大陸には大型の台風が接近していた。国中が大雨だ。

 だが、中央都市の人々は驚いた。雨が降ったことが信じられなかった。

 何故なら、中央都市には『晴れ』以外訪れないはずだからだ。

 中央都市を覆うガラス天井が、外の天気に関係無く『晴れ』を提供してくれるはずだった。中央都市に雨が降ったことなど、今まで一度も無い。中央都市の住民には、雨を知らない人だっている。

 そんな彼らに……快適な天気ばかり味わっていた彼らに……雨は容赦無く降り注いだ。

 だが、驚愕の現象はまだ終わらない。

 突然、下から突風が吹いた。街路樹を揺らし、瓦礫を吹き飛ばし、人間を倒した。雨水が混じった暴風が、これまた無慈悲に人々を襲う。風の音がゴウゴウと鳴り響き、この街の常識が壊れた。


 しばらくすると風は弱まり、また激しい雨が降った。

 街は暗くなった。上空に浮かぶ雨雲のように。

「空に……本物の雲が見えますぞ……!」

 ベシムは上空を見上げ、驚いた。そして目に入る雨水が不快なので、視線を下に戻した。

「誰かが天井のガラスを動かしたのデスか? いやはや、驚きましたぞ」

 ガラス天井がコンピューター管理されていることを、ベシムは知っていた。誰かがガラス天井に命令を送り、ガラス天井を移動させたのだと、ベシムは推測した。

 天井に穴が空いたため、台風の雨と風が入り込み、今の現象が起こったのだ。

 そしてベシムは油断していた。動かないはずの敵を前にし、優越感に浸っていた。

 だから、この拳を避けられなかった。

「グヘェッ!」

 ミミのパンチがベシムの頬を抉った。ベシムは後方に倒れ、背中を強打した。

 ベシムが慌てて見上げると、ミミが冷たい視線で睨んで立っていた。

「な、何故……」

 何故動ける。中和剤を飲むことすら出来ないはずだ。疑問を抱いたベシムだったが、すぐに答えに気付いた。

「そうか……。加水分解デスね」

 ベシムの麻痺毒は、効果時間が極めて短い。敵に摂取させても、ほんの数秒しか麻痺させられないのだ。その弱点を、ベシムは毒を与え続けることで解消していた。常に麻痺毒を散布することによって、敵は毒を受け続ける。そして敵は麻痺し続ける、という訳だ。

 だが、麻痺毒にはもう一つ弱点があった。

 加水分解。

 ベシムの麻痺毒は水に触れると、無害な気体に化学変化を起こす。ミミの周りに充満していた麻痺毒は、この雨に濡れ、無毒化していたのだ。当然、新たに散布した麻痺毒も効果が無い。毒の供給がストップしたため、ミミは体の自由を取り戻した。

「運が悪いデスね、拙者」

 ベシムにとって厄介なのは、それだけではない。先程の大風が、空気中を漂っていた毒薬を吹き飛ばしてしまったのだ。風の強い今、気体の毒は使えない。


「アイズ流護身術」

 ミミの呟きは、雨音に掻き消された。ミミの腕が、足が、流れるような動きでベシムを襲う。無駄の少ない連続打撃。ベシムは為す術も無く、攻撃を受け続けていた。

「うごぉっ!」

 ベシムが地面に叩き付けられる。

 その隙にミミは『熊飼のロープ』を取り出し、ベシムを捕縛しようとするが、かわされた。ベシムは後ろに下がり、口元を歪ませた。

「拙者は捕まりませんよ。まだまだ、奥の手はあります故……」

 ベシムはポケットから錠剤を取り出し、口に含んだ。

「ブフォフォフォフォフォフォ。ここからが、真の殺し合いデスぞ」

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