第103話 「泣けない機械と泣きそうなエリック」
『イマジンハート』へ続く廊下には、何者かが通った形跡があった。足元に時々見られる少量の土。道路が舗装された中央都市では、土を見かけることは少ない。街路樹の下くらいにしか存在しない。となると、この土は街の外から持ち込まれたものだろう。街の外部からやってきた人間が、最近ここを通過した証拠だ。
「もっしもーし! 誰かいませんかー?」
ユリーナは大声で呼びかけたが、返事は無い。静かな廊下に、ユリーナとエリックの足音が響く。
「うーん。誰もいませんねー」
「『イマジンハート』があるビルに、人がいないなんてあり得るのか?」
『イマジンハート』のビルには最強の警備システムが『あった』ので、本来ならここに人はいない。数日に一回、点検が入るだけだ。人が出来る仕事は『イマジンハート』が自分でやってくれる。
「『イマジンハート』が不調の時に直す奴がいないなんて、準備が悪すぎるだろ」
エリックは嘆息した。と同時に不安を覚えた。
中央都市の技術者と協力する予定だったが、もしかして自分一人で直すことになるかもしれない……と。
そもそも、勝手に直していいのか。いや、早く直さないと多くの民衆が困る。許可など取っている場合じゃない。
エリックはそう判断した。
問題は、エリックの技術で『イマジンハート』を直せるかどうかだ。何しろ相手は世界最高峰のスーパーコンピューター。家電製品に使われているコンピューターとは訳が違う。そう簡単に修理出来る代物ではない。
「ま、やってみなけりゃ分かんねーだろ」
エリック達は、『イマジンハート』がある部屋までたどり着いた。巨大な機械が綺麗に切断され、ゴミクズのように散らばっていた。高性能機器も、こうなってしまえば無価値だ。
「あれが……『イマジンハート』……?」
何故『マインド』等の機械が動かなくなったのか。その答えは明白だった。バラバラに斬られた『イマジンハート』に、中央都市を支配する能力は無い。
エリックは、機械の異変の原因を、プログラムのちょっとしたバグだと予想していた。だからすぐに直せるものだと、勝手に結論付けていた。
だが、ゴミの集まりと化した『イマジンハート』を組み立てる自信は、流石のエリックにも無かった。中央都市の英知の結晶を、エリック一人が短時間で直すなんて……そんなご都合主義展開は、神様の気が狂っても訪れまい。
「マジかよ……冗談じゃねーぞ……」
希望を打ち砕かれた感覚だ。なんて不条理な。一体誰がこんなことを。
そもそも、『イマジンハート』はセキュリティで守られているのではなかったのか。『イマジンハート』を殺すような輩を、むざむざ侵入させたのか。
「うわぁ、壊れてる。酷い……。エリックさん、早く直して下さい」
ユリーナが、何も知らない純粋な瞳で尋ねてくる。
「直せそうに見えんのかよ、これが」
「え!? エリックさんでも直せないものがあるんですか!?」
「当たり前だろ。俺だって万能じゃねー。修理出来ないもんだってある」
エリックは『イマジンハート』の欠片に触って、絶望の溜め息を吐いた。
「はぁーっ……。何でここまでぶっ壊す必要があるんだよ。機械が泣いてるぞ」
「機械って泣くんですか?」
「比喩に決まってるだろ。馬鹿か」
「馬鹿じゃありませんー。田舎者なだけですー」
ユリーナはほっぺたを膨らませた。ユリーナは、機械と無縁な田舎育ちである。
「さて、どうしたものか。目的達成が絶望的すぎて泣きそうなんだが」
「エリックさんって泣くんですか?」
「お前それ本気で聞いてんのか?」
「すみません。冗談です」
ユリーナは朗らかに笑った。
「冗談言う余裕はあるんだな。じゃあ俺も余裕を持って、少しずつ復旧に努めてみるか。必要最低限な部分だけでも、直せるかもしれねーからよ。ここで立ち止まってても始まんねー」
エリックは『イマジンハート』の残骸を一つ一つ見て、修理の計画を立てた。
「あのー、私にも出来ることってありますか?」
ユリーナの質問には、若干の不安の色が見えていた。
「うーん……。じゃあ、修理に使えそうな器具を探してくれ。ネジとか、接着剤とか。多分、どっか別の部屋にあると思うぜ」
エリックの指示を聞いて、ユリーナの顔色は明るくなった。
「はい! 行ってきます!」
ユリーナは弾けるような声と共に、『イマジンハート』の部屋を飛び出した。
役割を与えられたという、安心。役に立っているという、安心。ユリーナにとって、それは大きな意味を持っていた。
「うーん、ムズい。ゴールが見えねー」
早々にして、エリックは諦めかけていた。修理道具を所望したものの、くっ付けたり、配線を繋げたり、部品を取り替えた程度で、『イマジンハート』が完全復活するとは思えなかった。物理的な修復は、非現実的だ。エリックの経験と知識がそう語っている。
「……よく見たらこれ、情報管理にほとんどの容量使ってんな」
『イマジンハート』の成れの果て達を軽く見ただけだが、そのくらいのことは理解出来た。プログラムに命令や情報を送る機能……アウトプットの機能よりも、中央都市の情報を受信して管理する機能……インプットの機能の方が、多くの体積を占めていた。つまり、インプット機能を直すのには時間がかかるが、アウトプット機能を直すのには比較的時間がかからない。
「これだ」
エリックは閃いた。何も、『イマジンハート』を元に戻す必要は無いのだ。『イマジンハート』の代わりになるものがあれば、問題無い。
「この方法なら、一時間もかからずに直せる!」
エリックの顔に、自信と希望が戻ってきた。
「やってやるよ……」
エリックは近くのコンピューターに向かい、キーボードを叩いた。




