第102話 「存在意義」
街が、悲鳴をあげている。
人々が恐怖を露にして逃げ惑っていた。デマや憶測が飛び交い、どこにいるかも分からない殺人鬼から逃げている。そうこうしているうちにも、また一つ爆弾が起爆した。今度はレストランが吹き飛び、近くにいた男性が巻き添えを受けて死亡した。
小規模な火事がいくつも起こっている。消火する余裕など無い。そもそも水道が使えないのだ。水道を管理するプログラムが機能していないから。
道路は穴だらけになり、周囲は瓦礫まみれになり、秩序は無力になった。
頼れる情報源は機能しなくなり、そのせいで誰もが混乱に陥った。
いつ死ぬか分からない。何が起きているのか分からない。どこが安全か分からない。誰が死んだのか分からない。何でこうなったのか分からない。
政府が保証していた安全は消えた。怖い。怖い。助けて。
だから民衆は闇雲に逃げた。どこかにあるかもしれない『安全地帯』を探して。
「酷い有り様ですね、エリックさん……」
ユリーナ・アイルスは中央都市の現状を見て、そうコメントした。
単純な感想だが、『酷い』と形容するのがしっくりくる。そんな状態だ。
「気持ちは分かるけどよ……。情けねー連中だよな」
エリック・ドールは同じ光景を見て、そう語った。
息を切らして泣き叫ぶ姿は、確かに情けなく見える。
「その『情けない人達』を救うのが、私達アイズの仕事ですよね?」
「当たりめーだ。これ以上人を死なせねー」
ユリーナとエリックは、とある場所へ向かって走っていた。
『イマジンハート』。中央都市の最先端技術を惜しみ無く搭載した、世界でもトップクラスのコンピューターだ。その『イマジンハート』が設置されているビルが、ユリーナ達の目的地だった。
只今の中央都市では、あらゆるコンピューターが機能を停止している。情報端末『マインド』は勿論のこと、警備システムや通信システム、さらには車や公共交通機関までもが動かなくなっていた。
この異常事態は『イマジンハート』の不具合が原因だと踏んだエリックは、自分の知識と技術で、『イマジンハート』を直せるかもしれないと思った。田舎の工場長風情が、中央都市のコンピューターを直せるのかどうか……不安はあった。だが、動かない訳にはいかない。
「あ! 見て下さい、エリックさん!」
ユリーナが立ち止まり、近くの研究所を指さした。もはや研究所と呼ぶには値しない程、建物が粉々に粉砕されていたが。
「どうしたユリーナ。何かあったか」
「人です! 人が倒れてます!」
「そんなん、ここに来るまでに死ぬ程見ただろ!」
「違うんですよ! あの人、まだ生きてます! 助けましょう!」
ユリーナが指さす先には、赤く染まった白衣を着た、黒髪の中年男性が倒れていた。細やかに体を震わせ、地面を這っている。中央都市の道端で見た死体と違い、まだ存命なのは間違いない。だが、今にも死にそうな様子だ。
「分かった!」
エリックとユリーナは中年男性に駆け寄り、「大丈夫ですか」と声をかけた。白衣を染める赤色は血液で、どうやら中年男性の腹から出ているようだ。
「止血しますね」
ユリーナはポーチから清潔なガーゼを取り出し、傷口を覆った。消毒効果のあるガーゼだ。応急処置にはなるだろう。
「あなた達は……アイズの……」
中年男性は弱々しく声を出した。よく見ると、彼は三日前に出会ったデグルヌ・バグだった。ルクトシンのバイオ研究所に勤めていて、ブラッドドラゴンの研究をしていた男だ。
「デグルヌさんか。何があった。話せるなら話してくれ」
エリックが優しい声で言った。
「話しますよ……。どうせ僕の命はあと僅かだ……」
デグルヌは、最後の力を振り絞って話した。
「我々が研究していたブラッドドラゴンを……巨大化させたんですがね。そいつをマジマジ所長が逃がしたんですよ。ブラッドドラゴンは暴れて……研究所を壊して……研究員を殺して……。マジマジ所長は言ったんです。『お前らは用済みだ』って……。あいつら、ハルバート家のお屋敷の方に……」
爪痕が痛み、デグルヌは唸った。
「止めないと……。ブラッドドラゴンは強大だ……。多くの人が……死んで……しまう……」
デグルヌの声は徐々に小さくなり、ついには消えた。
「デグルヌさん……」
ユリーナは止血を続けていたが、エリックが止めた。
「やめろ。もう、無意味だ」
ユリーナとエリックは顔色を暗くし、立ち上がった。
「助けられなくて、ごめんなさい」
ユリーナ達は足を進め、再び『イマジンハート』へと向かった。
助けを求める声が聞こえる。でもユリーナ達は、彼らに安全を届けることが出来なかった。助けたいけど、助けられない。悲鳴を無視して走り続けるのが辛かった。だからこそ、走るんだ。少しでも誰かの助けになるために。
私に出来ることは何だろう。
ユリーナは思った。アイズに入団してしばらく経ったが、ユリーナは悩んでいた。自分は無力ではないのか、と。自分は皆の足を引っ張っているのではないか、と。
クロムやカインズのような強さも無い。ミミやファティオやエリックのような特殊技能と知識も無い。
特技があるとすれば、木登りが得意なことと、迷子になりにくいことだ。山暮らしをしてきた田舎者が、多少自然に慣れている程度。人助けに役立つのだろうか。
実際、役に立ったことはある。でも、木登りでボールを取った時も、都市散策で迷子になりかけた時も、カインズが代わりに助けてくれたはずだ。
ユリーナは、自分の存在価値に悩んでいた。
『私がいなくても、誰も困らない』。そう感じていた。
アイズに入った理由は不純だ。クロムと一緒にいたいから。「人助けしたい」という感情は、後々になって芽生えてきたものだ。それも、「クロムに認めてもらいたい」という欲望がオマケ付きだ。
こんな私が、クロム隊にいていいんだろうか。
自分を肯定する材料が欲しかった。そして、「自分のために人助けする自分」を感じて、また自己を否定してしまう。
ユリーナ感情の起伏が激しかった。だからこの不安もすぐになくなるのだが、またすぐに現れてしまう。
自信を持って言いたい。
「私は、クロム隊のユリーナです」と。
「着いたぞ」
エリックとユリーナは、巨大なビルの前に立った。ここが『イマジンハート』のビル。
「おっきな建物ですねー」
ユリーナは、ビルの頂上を見上げようと頭を上に向けたが、頂上は見えなかった。
中央都市の警備システムは破壊されたため、『イマジンハート』のビルには誰でも入れる状態だった。
エリックとユリーナが足を踏み入れた。
助けを求める人達のために。




