第100話 「絶え損ないの人類共」
戦いとは数が多い方が有利だ。
人類が争いを始めて以来、ずっと言われてきたことである。数の不利をひっくり返した戦いも、もちろん存在する。だが、やはり数が多いに超したことはない。
しかし、目の前の男に常識は通用しない。
「オイオイオイオイ! さっきまでの余裕はどうした! オレを殺すんじゃなかったのかよぉ!」
センは巧みな動きで『セナージ』を振るい、俺とオーディンを追い詰めていた。
『何でも斬れる』能力を持つ剣を前に、二人とも攻めあぐねているのが現状だ。
2対1……それも各々の実力は拮抗しているというのに、戦況は有利にならなかった。
センは俺とオーディンの両方を偏り無く攻め、死角が出来ないように移動していた。
「クロムちゃんはやっぱり弱虫だなぁ! こんなおっさんに手助けしてもらっても、オレを殺すことすら出来ねぇのかよ!」
アイツの言葉なんて無視だ。言葉で隙を作って殺すのが、アイツの十八番なんだろう。もうそんな手には乗らない。挑発に乗って不用心に攻撃に転じたら、奴の剣で一刀両断だ。
『セナージ』の刃は、極めて薄い。寒帯の水溜まりの表面に出来る、薄氷のようだ。だから斬るときの圧力が上がり、物体を容易く斬れるのだろう。
だが、薄いということは脆いということだ。あんなに薄い剣ならば、軽い衝撃を加えただけでも折れてしまうだろう。つまり剣の刃に触れないように、剣の横側を叩けば『セナージ』は無力化するはずだ。
しかし、紙みたいに薄い『セナージ』が真っ直ぐ伸びているのは不思議だ。ふにゃりと曲がったりしないのか。特殊な金属を用いているのか、それともキャリア・スカーロの為せる技か。
「やはり効かんか」
オーディンが呟いた。オーディンは先程から道路を斬ったり、建物を斬ったりして、『ジャンバラ』の音を出している。『ジャンバラ』から発せられる音は、非常に不快だ。短時間聞いているだけでも、気を失うらしい。前は『ジャンバラ』の不快音と悪臭に倒れたが、今はそれほど不快に感じない。
センも初めは露骨に嫌そうな顔をしていたが、今は『ジャンバラ』の能力を受けても平気そうだ。
「あのセンとかいう男……相当過酷な人生を歩んできたようだな」
「どういうことだ?」
オーディンの発言に、疑問を呈した。
「『ジャンバラ』の能力は、慣れれば効かなくなるのだ。正確に言えば、『過剰なストレスに慣れれば』、だな。貴様は長時間『ジャンバラ』に耐えた故に、もう慣れてしまったのだろう。だが、センは一度しか『ジャンバラ』の悪意に触れていないはずだ。それなのに気絶せず、貴様や我が輩に匹敵する動きで戦っている。となれば可能性は一つしかない。奴は極度のストレスに晒されて生きてきたのだ」
そうだったのか。ストレスなんか微塵も感じてなさそうな面構えしている癖に、案外苦労していたんだな。それもそうか。この荒廃した滅びかけの世界で生きていくのは、簡単じゃない。世界のほとんどは、中央都市みたいな別世界の楽園じゃないのだ。ましてや、人を殺し続けてきたのなら、尚更大変な人生だろう。人を殺める感覚は、俺にも分かる。ドス黒くて、吐き気がして、やりきれない感覚だ。センは生を実感するために、ずっとそんな黒い感覚を味わってきたのだろうか。楽しそうに人を殺しているように見えるが、実際はどうなのか。
『この世でオレ程、命の尊さを知ってる人間はいないぜ?』
ニヤけた笑いと共に発せられた言葉。命の価値を知りながら人を殺す……その矛盾を背負った感覚はどんなものだろう。そこまでは俺には分からなかった。
センの表情を見てみる。相変わらず、正気を失ったような気持ち悪い笑みを浮かべていた。
その笑顔の奥に、深くて悲しい闇が見えた気がした。
それにしても、圧倒的脅威に見えた『ジャンバラ』も、意外な弱点があったんだな。オーディンに『ジャンバラ』の能力が効かないのも、慣れたのが理由なのだろう。
つまりは、この場にいる三人には『ジャンバラ』の能力は効かないってことか。
「じゃあ、『ジャンバラ』の能力は……」
「ああ。この戦いにおいては、無意味だな」
だったら『ジャンバラ』なんて、ただの変な形の剣だ。表面にベタベタした物体が付着しているし、切れ味も悪いだろう。
「だから何だと言うのだ。我が輩は『ジャンバラ』に頼って戦ってきたわけではないぞ」
オーディンは『ジャンバラ』を横に振り、センの頭を斬ろうとした。センはオーディンの攻撃を避け、後ろに下がる。
いや、避けきれなかった。センの額に、細くて赤い線が浮かび上がる。
「やるじゃねぇか、おっさん」
「貴様も、なかなかの手練れのようだな」
「当たり前だろ。オレはずっとずっと……人を殺して生きてきた。殺しにおいてオレの右に出る奴なんざいねぇよ」
センは自分を誇るように笑った。
「殺しの技術なんて……人口が減ったこの時代に、一番必要無い才能だな」
俺が言うと、センは目を細めた。
「いやいや、それは違うぜクロムちゃん。人類は滅ぶはずだったんだ。『はじまりの日』にな。だが人類は生き延びやがった。オイオイ……こいつはおかしいぜ。筋が通ってねぇ。だからオレ達が筋を通すんだ。殺して殺して殺しまくって……」
センは間を空け、そして、言った。
「絶え損ないの人類共に、トドメを刺してやるよ……!」




