第99話 「強者の才能」
カインズはひたすらに走った。カインズの基本的な攻撃手段は蹴りである。ヴィルカートスのような腕力もなければ、クロムのように強力な武器も持っていない。己の体で最も強靭である、足で攻撃するのが道理というものだ。
ただし、飛び道具を使うとしたら、どうか。カインズはそれでも自身の足を信じた。長年カインズが『天才』と呼ばれ続けた所以は、この両足にあるのだから。
カインズは走りながら、足元の瓦礫を蹴った。握り拳くらいの大きさの破片は、車よりも速く、ブラッドドラゴン目掛けて飛んでいった。
瓦礫がブラッドドラゴンの目を掠め、遥か遠くへ駆けていく。
狙い通りだ。カインズは優れた目も持っていた。カインズは瓦礫の軌道をハッキリと目で捉えている。カインズは、クロム隊の中では二番目に目がいい。
「ギュオオオッ!?」
突然左目に痛みが走り、視界を遮られたブラッドドラゴン。ブラッドドラゴンが瞼を閉じた隙に、カインズはさらに接近した。
敵に隙を生じさせ、素早く倒す。クロムから学んだ戦闘スタイルだ。
カインズの接近に反応しきれなかったブラッドドラゴンは、カインズの蹴りをもろに食らった。
「打ち上がれえええええええええええ!」
カインズが叫び、高速で振り上げられた右足がブラッドドラゴンの腹を撃つ。ドラゴンの硬い皮膚を貫通することは出来ないだろう。だが、それでいい。なまじ『点の攻撃』を与えたことで小さなダメージで終わるのであれば、『面の攻撃』を与えた方がいい。ブラッドドラゴンの体を穿つのが難しいのなら、体全体に衝撃を与えればいいのだ。
外部への一撃ではなく、内部への一撃。
腹に穴を開けても、血液がすぐに凝固して、出血を止めるだろう。血を操るブラッドドラゴンの能力に対し、外出血は意味を持たなかった。
だが、この蹴りはどうだ。
「ギュワアアアアアアアアン!」
ブラッドドラゴンの絶叫が響く。ブラッドドラゴンの体は、猛烈な勢いで上空へ打ち上げられた。端から見ればそれは、ブラッドドラゴンが急に飛び立ったように映るだろう。だが、ブラッドドラゴンの翼は飛ぶための動きをしていない。狂ったように、上下左右に暴れまわっていた。
数万トンもの体重のドラゴンを蹴り飛ばしたカインズは、反動で地面に押し付けられていた。そして姿勢を低くし、地面を蹴る。
「まだまだ!」
カインズは真上に大ジャンプし、空中で暴れるブラッドドラゴンの背中に踵落としを決めた。ブラッドドラゴンの体は上方向への移動を止め、真下へと方向転換。落下のスピードとカインズの踵落としの威力が合わさり、計り知れない衝撃を地面に叩き付けた。
けたたましい轟音が鳴り響く。さながら、大地の悲鳴と言ったところだ。
局地的で一時的な地震が発生したが、中央都市の建物は耐震性が高いため、びくともしなかった。
ハルバート家の人間やマジマジは遠くへ避難していたので、無事である。地震の原因であるカインズも無事だ。しかし、尋常でない衝撃を体全体で受け止めたブラッドドラゴンは、無事なはずがない。ぴくりとも動かなくなり、地面に俯せた。
「うわわ……二次災害起きちゃったかも。やり過ぎたかなぁ……」
カインズは大地に降り立ち、心配そうな目で辺りを見た。
そして、倒れるブラッドドラゴンの前に立つ。
「死んでると思うけど、油断禁物」
油断禁物。それがクロムとの出会いで得た、一番の教訓である。
カインズは足を振りかぶり、ブラッドドラゴンの脳天を蹴った。「ピシッ」と、ひび割れた音がする。頭蓋骨を砕いたので、もう生きてはいないだろう。脳もぐしゃぐしゃだ。
結局、ブラッドドラゴンの皮膚を撃ち抜くことは出来なかった。それだけ、ドラゴンの皮膚が強靭だということである。
しかし、カインズは勝利を収めた。たとえ強い肉体を持っていても、内部が弱ければ負けるのだ。ブラッドドラゴンの内臓は潰れ、傷付き、破壊されていた。
ブブリアドに勝った時の戦法と同じである。硬い皮膚を持つ敵には、全身に衝撃を与えて倒せばいい。体内に攻撃を与えるのだ。
案外、カインズとブラッドドラゴンは似た者同士かもしれない。才能を期待されて生まれ育ち、狭い世界で生きてきた。
だが、カインズは外の世界に旅立った。与えられた才能や、学ばされた技能ではなく、己が掴んだ経験で強くなった。強さを自分に与えてきた。
一方ブラッドドラゴンはずっと研究室にいた。科学者達の思うがままに、肉体を改造され、強化された。強さを他者から与えられてきた。
その差は、この戦いを見れば明らかだ。両者の『強さの違い』は、遺伝子の枠を越え、弱者と強者の立場をひっくり返した。
「勝ったよ……ボク……。お母様の仇を取ったんだ……」
この状況をヴィルカートスが見たら、どう言うのだろうか。勝利したカインズを誉めるのか、それとも勝手に一人で戦ったカインズを責めるのか。
「守ったんだ……。ボクが……」
カインズはフラフラと歩いていた。勝利によって気が緩み、体の力が抜けていた。身体中が痛い。攻撃の反動で、カインズの肉体も痛め付けられていた。
「クロム隊長の所に戻らなきゃ……。ボクが守るんだ……!」
カインズは視界が暗むのを感じた。
ゆっくりと、体が傾いていく。
* * *




