第97話 「観察者の正体」
カインズは地面を蹴り、ブラッドドラゴンに向かって跳んだ。前方への勢いを生かしたまま、ブラッドドラゴンの額に蹴りをお見舞いした。
攻撃の反動で後ろに飛ばされた時、ブラッドドラゴンの爪がカインズを襲う。カインズは空中で爪の一撃をかわしたが、ブラッドドラゴンの手のひらが激突してしまった。地面に叩きつけられるカインズ。だが地面と接触する瞬間に受け身をとり、ダメージを抑え、再び上空へ飛来した。
今度はブラッドドラゴンの脇腹に踵落としを食らわせた。しかし、目立ったダメージは無い。先程までヴィルカートスのパンチを何度も受けていたブラッドドラゴンであったが、やはり簡単に蹴り殺せる相手ではなかった。
何故なら、敵はドラゴンだ。強さの象徴であり、恐怖の象徴である生き物だ。
「まだまだ、こんなもんじゃないよ!」
それでもカインズは臆さなかった。攻撃をやめなかった。
力を込め、ブラッドドラゴンの肉体を蹴った。
「ギュオオオオオオオオオ!」
ブラッドドラゴンの低い雄叫びが響く。
カインズの連続攻撃に対応出来ていないブラッドドラゴンだが、こうも一方的に蹴られていては不服だった。
ブラッドドラゴンは口を大きく開け、息を吸った。ブラッドドラゴンの眼前にいたカインズは危機を察知し、すぐさま退避した。直後、ブラッドドラゴンの口から炎が放たれる。横に広がる炎の竜巻が、轟音をあげて屋敷を焦がした。
ブラッドドラゴンを含む多くのドラゴンは、炎を操る。かつてルクトシンの研究所でキューが逃げ出した時も、キューは口から放つ炎でロープを燃やし、緊縛から脱出したのだ。
物理攻撃で物体を破壊し、炎の攻撃で人を焼く。
まるで人を殺すために生まれたかのような、高い戦闘能力と破壊力だ。いや、実際、キューは『人を殺すためだけ』に生まれてきたのだった。そのために、復活させられたのだった。
カインズとブラッドドラゴンの戦闘が始まって数分。カインズが一方的に攻撃を仕掛けているが、ブラッドドラゴンに致命傷を与えられていない。このままだと消耗戦になる。そして、消耗戦はカインズの苦手とする戦いだった。カインズは比較的、『体力が低い』。当然、カインズの体力は凡人とは比べ物にならないくらい高いのだが、ハルバート家としては低い方だ。
この状況がいつ崩れるか分からない。
いや、案外早く、状況は一変した。消耗戦を良しとしない人間は、カインズの他にもいたのである。
「そこまでだ。カインズ・ハルバート」
どこからともなく聞こえた声。重厚感のある低い声は、聞き覚えがあった。
カインズは辺りを見渡した。すると、ブラッドドラゴンの側に、白衣姿の老人が立っているのが発見出来た。
「正直驚いたぞ。人間がここまでドラゴンと渡り合えるとは」
野暮ったい眼鏡をかけた、白髪の男。背が低いのに、上から観察されているような不思議な威圧感があった。
「全く、アイズの連中は強者揃いだな」
その顔には、見覚えがあった。ルクトシン第一バイオ研究所の所長、マジマジ・オブズアブだ。三日前にも顔を合わせている。
「マジマジ所長? 何故ここに……」
研究所にまで爆破テロの被害が及んできて、ここまで避難してきたのか? それとも、研究所から逃げたブラッドドラゴンを回収しに来たのか。
どちらも違う。決定的に違う。
マジマジは『テロから逃げる』必要などなく、キューは研究所から『逃げた』訳ではない。
「何故、か。答えるとしたら一つ。お前達を殺すためだな」
カインズはマジマジの言葉の意味を理解した瞬間、身構えた。
「わざわざドラゴンを研究所から解放し、ハルバート家の屋敷を襲わせたというのに、こんな小僧一人に手こずっているとはな。食物連鎖の頂点が、聞いて呆れる」
「貴方が仕組んだんですか……。お母様が死んだのは……お前の仕業だったのか!」
カインズは声を張り上げ、強くマジマジを睨んだ。
マジマジは動ずることなく、冷酷な声で話した。
「改めて自己紹介してやろう。儂はルクトシン第一バイオ研究所所長、及び殺戮集団『執念の手』の『観察者』。マジマジ・オブズアブだ」
殺意に満ちた『観察者』は、静かな眼差しでカインズを見ていた。




