第96話 「壊れた屋敷にて」
ハルバート家の屋敷は惨禍の中にいた。
建物のほとんどは崩れ、地面は焦げ、小火がいくつも見える。
廃墟のようなお屋敷に君臨するのは、巨大なブラッドドラゴン。キューであった。
カインズ・ハルバートは全速力で走っていた。実家を襲う脅威を排除し、家族を守るために。
屋敷に到着したカインズが見たのは、まさしく地獄だった。生まれ育った家が、破壊しつくされている。
だがそれよりもカインズが目を疑った光景があった。血溜まりに沈む母親の姿と、その側で泣きじゃくる妹の姿。そして、傷付いた父親の姿であった。
「お母様……?」
カインズは倒れるメイリーに近付いた。脳が母の死を理解していても、心が現実を拒絶している。
カインズに気付いたレイティアとヴィルカートスが、カインズの方を向いた。
「兄上……」
「カインズ。戻ってきたのか」
ヴィルカートスはボロボロの体を支え、カインズの元へ歩いた。服は激しく損傷しており、皮膚には火傷の跡が見える。その上、切り傷と打撲傷が顕著に現れていた。
「お父様! どうしたんですか、その怪我!」
カインズの知っているヴィルカートスは強くて、厳かで、決して弱さを見せない人だった。こんな風に痛め付けられたヴィルカートスを見たのは初めてだ。
「あのドラゴンが不遜にも屋敷で暴れまわったのだ。その結果がこれだ。それより……」
ヴィルカートスの目線は、カインズの右腕に向かっていた。手首から先が無い。血は止まっているものの、骨と肉が露出した右腕は痛々しかった。
「その右腕はどうした」
「ああ、これですか。ちょっと油断しちゃいまして。切り落とされた腕は持っているので、もしかしたらくっつくかもしれませんよ。中央都市の医療技術を以てすれば」
カインズは自分の右手を左手で持っていた。
「無事に帰ってこいと言ったはずだが」
「無事じゃないですか。お父様よりずっと」
ヴィルカートスは眉間にシワを寄せた。
「減らず口だな」
ヴィルカートスはブラッドドラゴンを見た。
「中央都市の研究所から逃げ出したのか……どういう経緯で奴がここに来たのかは分からんが、奴が排すべき存在なのは事実だ」
ヴィルカートスはメイリーのことを語らなかった。言う必要が無いからなのか、それとも言いたくないからなのか。カインズも、深く追及はしなかった。ただ、自分のすべきことを理解した。
「ならボクが戦います。お父様はお母様とレイティアを……いえ、ハルバート家の皆を安全な場所まで送って下さい」
最早この街に『安全な場所』などどこにも存在しないのだが、カインズはその現状を知らなかった。だが、この屋敷が危険な場所なのは紛れもない事実だ。カインズは家族をこの場から遠ざけたかった。
「何を言う! 私もお前と共に戦う。息子を一人で戦わせて逃げる父親が、どこにいるというのだ!」
ブラッドドラゴンの強さを知っているヴィルカートスの言葉だ。カインズが強いとはいえ、人知を超えた生物と一人で戦わせる訳にはいかなかった。
「そんなボロボロの体で何言ってるんですか。無茶はやめて下さい」
「私にはこの一族を守る責任がある。逃げ出せるものか!」
ヴィルカートスが大声を放つと、カインズは少しの間を開けて吹き出した。
「アハハハハハハハッ! ティアナ姫の言う通り、ボクとお父様はそっくりですね」
急に笑い出した息子を前に、ヴィルカートスはやや困惑していた。
「いいでしょう。『戦うな』なんて言いません。皆を避難させたら、ボクを助けに戻って来て下さい」
親子揃って我が強いのだ。そのことを、カインズは実感した。
「分かった。すぐ戻るから、それまであの化け物を足止めしておけ」
ヴィルカートスはメイリーを抱き抱え、レイティアと共にその場を離れた。
「兄上、ご無事で!」
レイティアの涙声は、しっかりとカインズに届いた。
「大丈夫だよ。ボクを信じて」
カインズはブラッドドラゴンと向き合った。ブラッドドラゴンと戦うのは二度目だ。かつては子供のブラッドドラゴンを束縛したが、苦戦しなかったとは言えない。
カインズの記憶にあるブラッドドラゴンは、目の前の敵とよく似ていた。違うのは大きさと雰囲気だけか。今のブラッドドラゴンは、野性的な殺意に満ちていた。
「昔見たブラッドドラゴンと似ているね。もしかして、同じブラッドドラゴン? 大きさが全然違うけど、成長期かな」
そう。カインズの眼前にいるドラゴンは、ルクトシンで出会ったキューなのだ。キューはあの時以上の殺気を放って、カインズを睨んでいた。
「どちらにせよ、ボクは足止めなんて生ぬるいことはしないよ」
ブラッドドラゴンの頬が蹴られ、顔面ごと体が右に動かされた。重い音が轟き、地面が軽く揺れる。反応しきれない、一瞬の攻撃だった。
「容赦無く殺してあげるから」




