屋上創作
雌餓鬼御嬢様——漢字にすると仰々しい——こと、鬼札夜毎。彼女の住居および家族の消失は、屋上少女の消失といくつも共通点がある。
雨が降っていたこと。痕跡を残さず消えてしまったこと。消える瞬間を目撃していないこと。
規模の大小こそあるが、偶然とは言い難い。まあ、僕の財布に関しては人為的……、いや、鬼為的?
うん、鬼の仕業だったけど、結局消えてしまったのには変わりない。
ともあれ、財布の消失は前座ではなく、前提となった。
「こうしてみると、結構高いですね」
翌日の放課後。
僕たちは予定通り、本題たる消失事件の捜査に取り掛かるべく、茗花高校・別館の屋上に来ていた。
幼馴染と屋上で二人きり。青春ラブコメみたいなシチュエーションだが、生憎ここは、不幸があった場所である。
静久に並び立ち、フェンス越しに落下想定地点を見下ろしてみる。
何の変哲もない、アスファルトの地面。屋上少女の落下を目撃した、あの日と全く変わらない。
静久はうろうろと辺りを見渡して、腕を組んで唸った。
「こんな狭いスペースでバレエを踊ったんですか。屋上さんは物狂いなんでしょうか」
「物狂いって」
古風な言い回しをする。それに屋上さんっていうと、なんだか怪談に出てくる妖怪みたいだな。『こっくりさん』とか『メリーさん』とか。
「実際ホラーではあるんですけどね。どうあれ屋上の設計から調べていきましょうか」
静久はさっと、メモを取っていった。
【別館の屋上】
・高度……約13メートル。
・フェンス……高さ1・4メートル。アルミ製。
・パラペット……高さ30センチメートル、幅60センチメートル。コンクリート製。
・壁面……同じくコンクリート製。1〜4階のトイレに接続する窓が存在。トイレの窓は片面開放で90×90センチメートル。
「パラペットというのは、縁。屋上さんが立っていた場所です。で、最低限収集した情報ですが、案外参考になりそうですよ」
「そう? 僕には、分からないことが分かっただけのように思ったけど」
「良いんですよ。むしろ良好です。分からないことが分かった。それもまた、電球ぴこーんです」
「電球ね……、エジソンの格言、『失敗じゃない。うまく行かない方法を発見しただけだ』みたいなことかな」
「その通りですエジソンくん。またの名をワトソンくん」
「才能人をごっちゃにするな」
しかも、ノンフィクションとフィクション。
一緒なのソンだけじゃん。
「そんなのはどうでも良くてですね。繰り返すようですが、『分からないことが分かった』、これは進展です。実現性の低さを示していて、つまり、私たちにはまるで思い付かない革命的なトリックでもなければ、何の痕跡も残さずに消えるのは不可能だと判明するんです」
静久は人差し指をゆらゆら振りながら、そう説明する。
ふむ。飛び降りと同時に消えるトリックか。あるとするなら随分大掛かりになりそうだ。もはやマジックってぐらいの。
「最低限の検討をしておこうか。凡人の僕でも思いつくような可能性を潰しておこう」
「やってみたまえ、ワトソンくんっ!」
幼馴染がふんふん言っている横で、僕は考える。
***
【可能性①、屋上少女は窓に入った】
「最初に思いついたのはこれ。屋上少女が落ちた側の壁には、各階のトイレに繋がる窓がついている。この窓にどうにかして入ったって話」
「手段は思いつきますか?」
「そうだね、ロープを使ったとか、思ったりして、そんなことがなくも無い気がする、かもしれない」
「既に疑問が滲みに滲みまくっていますけれど。ロープスイングってことですか。姿勢制御はどうやったんです? 屋上少女は斜めになって落ちたって話でしたよね」
「う、うーん。バレエで鍛えた体幹で」
「そんな無茶な。まあ強引に、事前の計算によって窓と位置を合わせていたと言ってしまってもいいですけれど、にしたって彼女はバレエをしていて、ぐるぐる回っていたんですよね。消防隊員が使うような降下用ロープを備えていたとしても、腰や足に絡まってしまいますし、それで長さが変われば目標位置に突入できない可能性もあります」
「確かに」
「ついでに、空中で姿勢を立て直すのも難しいでしょう。落下中に咄嗟に窓のサッシを掴んで這い入った、なんてのは超人すぎます。そんなに大きな窓でもありませんし。マーベルヒーローじみた特殊技術が必要ですね」
「……無理か」
「よしよし、大丈夫ですよ。次にいきましょう」
***
【可能性②、屋上少女は地面に降下した】
「今度は地面ルート。屋上少女が天に向かって伸ばした腕に、僕は注目していた。その隙を突いて、落下直前にロープを準備したって話」
「ミスディレクション。視線誘導ですね。マジックで用いられるテクニックで、お客さんの目線をタネと関係ないところに集めるという」
「本当にマジックの話になるとは。ロープを事前にフェンスに結びつけて垂らしておけば、マジック染みたトリックを組み合わせて、降下作業に移行できる。でも、痕跡がフェンスに残る。回収するにはどうすれば?」
「思うに泡沫くん。なにもロープに拘らなくてもいいと思いますよ。この屋上は高度約13メートルです。地面に到達する為に、ザイルやバンジーロープを用意するのは大変です。大袈裟とも言えます。それこそバンジージャンプだと、重量をうまくいなすには相当工夫が必要になります。下手すると、地面びたーんです」
「地面びたーん」
「正確にいうと、地面びちゃあ」
「なっ!? ……いやいや、血痕は無かったんだ。そうはなってない」
「でしたね。その点でも、ロープを使った可能性は低くなります」
「結局、地面に降りるにはどうすれば良いのやら」
「シンプルに飛び降りたとしたら、どうでしょうか?」
「え、飛び降りても着地できな──いや。綺麗に着地しなくてもいいのか。落下の衝撃さえ逃がせれば……」
「よしよし、いい調子です。発展させて考えましょうね」
***
【可能性③、屋上少女は飛び降りた】
「原点回帰。飛び降りたのはいいとして、そこからどうこうって話」
「泡沫くんはどう思います?」
「ありえるし、検討すべきだと思うよ。受け止める方法は、マットやクッションを使うしかないと思う。いくら華奢な女子高生だからって、通りがかった王子様が華麗にキャッチっていう乙女ゲームみたいな展開は、現実的じゃない」
「はい。仮に人が落下地点にぴったりいたとしても、受け止めるのは不可能でしょうね。円炭先生から物理の授業で習った、自由落下の公式『t=√2h/g』『v=√2gh』に当てはめると、高さ13メートルから地上まで落下する時間は、僅か1・6秒程です。人が落ちていると認識して手を伸ばすころには、すでに落ちていると思います」
「うん。……やっぱり、すぐ確認できなかったのが悔やまれるな。解法が無数にある。僕は落下する瞬間に立ち会ったけれど、落下想定地点を見たのは少ししてからだ。脚がすくんで動かなかった分のタイムラグがあったからね」
「タイムラグというと、どれくらいの時間でしょうか?」
「二十秒ぐらい」
「うーん。マットを使ったとして、回収が不可能とは言い切れないですけど、条件的に難しい気がしますね」
「条件ってのは、雨のこと? マットが濡れて重くなり、動かしにくくなったみたいな」
「いいえ。水を弾く素材のモノだってあるでしょう。マットの回収にあたって、雨は重要ではありません。屋上さんの落下に泡沫くんしか気づいていないという理屈は、大きな意味を持ちます。分かりますか?」
「『僕以外の目撃者が居なかった』。その限定的な状況が、条件が、普通ありえないってことだね」
「そうです。屋上さんは、ここ、別館の屋上から校内駐車場へ落ちた。本館が建つ正門側ではないですから、落下する瞬間を目撃した人間が泡沫くんしか居なかったというのは、なくはない話です。でも、落下する人間を受け止めるサイズのマットって、流石に目につきませんかね」
「確かに。近くに居た生徒や、駐車場の利用者は違和感を覚えるだろう。落下音も決して小さくない」
「どすん。ぼすん。何でも良いですけれど、すぐそばにテニスコートがあるので、そこに居たテニス部の生徒が気づくはずです……、あ、地味ながら考慮すべき条件がありますよ。我が校のテニスコートはクレーコートです。つまり、雨が降ったなら、部活は中止になるのでは?」
「あの日の雨は、急に降った夕立。屋上少女が落下する直前まで、夕陽が眩しいぐらいに照っていた。クラスの連中も普通に部活に向かっていたから、テニスコートに人は居たはずなんだよ。少なくとも、落下した時は」
「なるほど。一般人の思考では一番現実的手法と思える、マット使用の線は薄くなりましたかね。あ、でも、撓るタイプだと、音は抑えられますよ。トランポリンとか!」
「そのままぶっ飛んで、どっかいっちゃうだろ」
「えへへ、ごめんなさい。言ってみただけです」
「いや、ありがとう。考えられることは何でも考えるべきだ。……うーん。【可能性①】で計算という話が出たから、落下地点をあらかじめ絞っておいて、マットのサイズを小さくするというのも手法として考えられる。けど、あまりにリスキーだ。落下地点が少しでもズレたらおしまいだから」
「実際はまっすぐ飛び降りたのではなく、風に煽られて、ぐらっと落ちたんですよね。崩れた体勢で、13メートルの高さからアスファルトへ。運良く足から落ちても骨折、悪くて半身不随。頭から落ちれば、間違いなく死が待っています。命が助かる可能性は、結構低いんじゃないでしょうか」
「マーベルヒーローでもなけりゃ、動けないだろうね。直接地面に着地したってのは無しだ」
「よしよし、ぐっどです。では最後に、私からもひとつだけ」
***
【可能性④、屋上少女は受け止められた】
「誰かが落下の衝撃をいなした可能性はありませんか?」
「下にいる協力者が受け止めた、ってこと?」
「ええ。高層マンションから落ちた赤ちゃんを救急隊が大布でキャッチするみたいな海外の動画、ありますよね?」
「あー。想像はできるけど、そんな大掛かりなもの、すぐ仕舞えるかな」
「どう思います?」
「ない、と思う……。落ちたのは、華奢とはいえ女子高生だ。赤ちゃんでも猫でもない。状況的にも不確定要素が多いから、すぐ片付けられるような簡素な仕掛けじゃ、安心して飛べないだろう」
「同感です。あと、既に触れましたが直接キャッチというのも無いでしょう。落下速度が早すぎますし、やっぱり身体の向きが安定しないと受け止めるのは至難です」
「うーん。もし、ほぼ確定で受け止められるような多人数だとしたら?」
「それは『人目につきます』。屋上さんはともかく、受け止めた人たちが下校時間にゾロゾロ校内駐車場から出てきたら、何がしかの目撃証言があってしかるべきです。基本的に生徒が集まることはない場所ですから」
「可能性はゼロじゃないけれど、高くないね」
「よしよし、よく頑張りました」




