散雨
「……あのさ、静久」
「はい?」
「考察が進む度に僕の頭を撫でるのは、なんで?」
「えー、別にいいじゃないですか。くっつきたいんですよー、本当はぎゅーしたいけど我慢してるんですよー」
と、静久が甘えんぼモードになった所で、可能性の検討は一旦ストップして。
長くなったから簡単にまとめよう。
ロープアクションで窓に逃避するトリックは、屋上少女のバレエが否定した。空中制御もほぼ不可能、校内へ滑り込んだ可能性は低い。
となると地面に着地したと考えるべきだが、マットへの着地および回収は、人目の点で疑問が残る。
じゃあ直接着地したという説が出るも、生死はどうあれ動けなくなる可能性が高い。
そしてキャッチは確実性の担保が難しく、総合的に勘案しても現実的じゃない。
まさしく、分からないことが分かった。
そして——もう一つ大きな謎が残っている。
手段ではなく……、理由だ。
静久には言えずにいる、屋上少女の『遺言』を思い返す。
『愛してくれなかったの、今までは』
『今まで』。
じゃあ、『これから』。
何が起こるんだ?
いや──何が起きたんだ?
「……ん」
ぬるい感触が、僕の頬に触れた。それは水滴だった。また触れた。頻度が徐々に増えていく。疑うまでもない──屋上少女を見失った、あの日みたいな夕立が。
ばーーーーっと、降る。
僕たちは慌てて荷物を回収し、校内へ戻った。
「ふぅ。間が悪いですね。もう少し調べたかったのですが」
「しょうがない。まあ、いい時間だし撤収にしよう。明日はそうだな、一応テニス部の連中に何か知らないか聞き込みしようか。僕もなんだか……、自信がなくなってきた。不思議なんだけど、あまり詳しいことを思い出せなくて」
「思い出せない? 結構詳しく話してくれましたけど」
「いや、何というか。状況は覚えているんだけど、屋上少女がどんな顔だったか……、いまいち思い出せなくて」
「む。あんなに美人美人言ってたのにですか?」
不思議な感覚だった。
見たはずなのに、思い出せない。
確かに居たのに、覚えていない。
黒猫を見ないフリするように。
不吉な存在を追いやるように。
僕はきっと屋上少女を——忘れ始めている。
「泡沫くんったら、今更誤魔化したって無駄ですからね?」
「……ま、まあ、ともかく。続きは明日にしよう。勘違いで済ましている目撃者が居るかもしれない」
「はい。心配しなくても、ちゃんと前進していますよ。それに」
「それに?」
「私が泡沫くんのそばにいます。だから安心してください」
「……うん。安心した。心底安心」
「えへへ、よかったです」
風雨は鳴りを顰め、足音がこつりこつりと、重なって響いた。足取りは軽い。鞄も、軽い。失踪中の財布の重さ以上に。
「この後、またどこか寄りませんか? 今のうちに幼馴染との青春を謳歌しないと勿体ないですよ。結婚して子供ができれば、自由に遊びに行けないんですから」
「先を見据え過ぎだし、腰も据え過ぎている」
今日の調査で『うまくいかない方法』を探していく中で、僕は屋上少女の消失がいかに突飛な現象か、改めて理解した。
簡単には解決しないだろう。
でも、僕は一人ではない。静久がいるし、夜毎からもまだ聞けることがあるはずだ。
焦らず、捜査を進めよう。
——ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!
怯む。
「ま、円炭先生の声です!!」
「行こう!!」
僕たちは階段を駆け降りる、踊り場で旋回、下る、廊下の奥、目の端にへたり込む大男が映る。
「先生、何が──」
「く、来るんじゃない!」
「っ! 私、他の先生を呼んできます!」
「……」
「ちょ、そこで待、聞いていますか! 透山くん!!」
脂汗を撒き散らしながら、円炭先生は声を張り上げる。
だけど、僕は歩いた。
さながら雨のように降って湧いた異変を、確かめずにはいられなかった。
円炭先生の前には木製のドア。
別館四階の男子トイレ。
固唾を飲んで。
取手を掴んで。
僕は。
扉を。
開けた。
「————————あ」
赤。
赤色が、ある。
青白色のタイルは塗りつぶされて、清廉を欠いている。
立ち並ぶ小便器と個室の狭間。
そこに、塊。
平たい丸い大きい小さい、様々なモノが……、肌色が、大量に、バラバラに、積み上がっている。
その頂点に、球体が二つ並んでいる。
人間の、頭部だった。
「ぁ……、あ……、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
色濃い恐怖が僕を襲う。
吐き気を催す。視界が歪む。
掴みどころのない消失とは違う質量のある死体を、僕はただ、見ることしかできず。
淀んだ空気が、目の前の固形物が、降り頻る雨が、僕の全感覚を埋めていく。
身体が現実逃避を始め、意識が薄らいでいく中で。
かすかに、幼馴染の声が聞こえた。




