世迷言
「どこにやったんですか! まだ嘘を吐くつもりですか!?」
「もゔしわげ、ございっ、ま──」
静久は鬼の形相で、聞こえていない様子だ。忘れていた、静久は優しい女の子だけれど、僕のことになると、たまにこうして周りが見えなくなってしまう。
しょうがない。
「こら、静久」
「ふぇっ!?」
ぎゅっ。
と、抱きついてみると、
「ぷしゅー……」
なんて具合に、ふにゃふにゃになっていく。
「そんなに怒らないで」
「あう……」
撫でる。
「いつもの可愛い笑顔を見せて、お姫様?」
「にゃう、あうあう……、えへへ……♡」
静久の怒りは一瞬にして霧散し、顔が惚けていく。だんだん言動も幼くなって、ふにゃふにゃに蕩けていく。
で、すっぽり僕の腕の中に収まった。
これでよし。
「ふぇほっ、えほっ……、あの、今のは?」
着地した夜毎が、げんなりした様子で、ツッコミをいれてくる。
「今のはふかふか……、じゃなかった。不可抗力のこうぎゅー」
「あなた、キャラおかしいですわよ! ひっどいキャラ崩壊を見ましたわ! 乙女ゲーの王子キャラみたいになったかと思えば、アホみたいな噛み方をするし! ふかふかって! 確かにこの子、お胸が大きいですけれども! お下品ですわよ! タラシなのかスケベなのか、はっきりしなさいな!」
「なにその二択。僕はどっちでもないよ。静久はすけべだけど」
「真顔で言わないで下さいまし!」
「しょうがないだろ、本当にすけべなんだから」
「迫真顔で言わないで下さいまし!!」
「抱きつき癖のある、婚約強要症状患者。それが僕の幼馴染だ」
「あなた、よく平気ですわね……?」
「もう慣れたよ」
激情には劇場を。
対処法がこれしかないのだった。
なお、心臓は痛い。僕と静久の仲ではあるけれど、色んなダメージを受けてはいる。
ところで。
「夜毎、乙女ゲーとか知ってるんだ?」
「ふふ、乙女の嗜みですわよ。ゲーム繋がりの話ですと、さっきの『ふかふか』って、アマガミの中多紗江さんのことですの?」
「いや、全然考えてもない。完全に素だった」
「素でふかふかって言ったのですか。あなたも結構ヤバいんじゃなくって?」
ヤバいかもしれない。
「で、ギャルゲーにも詳しいと」
「あったり前田のクラッカーですわ! 女の子はみんな恋愛大好きですもの!」
あったり前田の──さっきから古いよ色々と。アマガミって。いまだにプレステ2とPSPでしか遊べないんだぞ。
「良いではありませんか、不朽の名作ですのよ。アマガミは一般教養と言っても過言ではありませんわ!」
「過言!」
確かにギャルゲーの中では人気・知名度共に高いゲームだけど。何を養うんだよ。
「森島先輩には色々学ばせていただきました。発情するオス犬の躾け方とか、ダーツ投擲の技術とか、ラブリーダンスとか」
「マトモなのがダーツしかない」
「あと、紗江さんだって社長令嬢の設定ですから。気品向上の参考になりましてよ!」
「……う、うん。まあいいんじゃない?」
森島・ラブリー・はるかよりはタメになりそうだ。
「しかし、素晴らしいゲームです。結局、逢さんに戻ってくるのですよね……、あ、七咲さんと言った方が分かりやすいですか。申し訳ございません、つい普段の呼び方で」
「お前がアマガミ大好きなのは良く分かった」
やっぱり、ちょっと変な子だ。
妖怪変化の『変』の部分が強すぎる。
メスガキかと思ったらお嬢様で、お嬢様かと思ったらオタク。お嬢様とオタクが両立しない理由はないけれど、印象が反復横跳びみたいに変わる。メスガキサイドステップ……。
「意外なもんだね。お嬢様って、裁縫や社交ダンスなんか嗜んでいるイメージだけど」
「人間のお嬢様はそういった貴族教育を施されることもありましょうが、我が家は放任主義ですの。趣味に関して、特にアレコレ言われませんのよ。それだけ鬼社会が、血筋だけの世界という話でもありますが」
羨ましい話だった。家に迷惑をかけない限り何でもやっていいというなら、加えて資産が有り余るほど豊かなら、生を謳歌し放題だ。
「それにわたくし、習い事は出来ない性質ですから。三日も経てば続かなくなります。師を持つことに端から向いていないんです。その点、サブカルチャーは一人でのめりこめますから、本当にいい趣味ですわ!」
清々しいほどの三日坊主。
一瞬飽き性なのかと思ったが、ゲームはやり込むタイプらしい。好き放題してきたようだ。
僕は頭を掻いて、質問を続ける。
「一緒に遊ぶ友達とかいないの?」
「いませんよ。わたくし、他家との上辺だけの交流に、興味はありませんから。今の時代、どんなゲームでもオンライン対戦に待ち時間はありませんし、姉にもよく対戦相手になってもらっていますから、何も問題ありません」
本当に頼れるヤツがいないらしい。
「……はっ! あっ、アナタ♡ いきなりあんな情熱的なぎゅー、ずるいです♡ 今夜は寝かせませんからね♡」
あ、すけべ幼馴染が起床した。
「僕にも寝技かけるつもりじゃん」
「僕にも? 誰よその男! じゃなくて女! ん? ──ああ。すみません。取り乱しました。えっと、夜毎ちゃん?」
ようやく現実に帰ってきた静久が、夜毎に問いかける。
「血筋とか言う割には、私にあっさり押さえ込まれていましたよね?」
「あなたがおかしいだけですわ! わたくしは鬼の中でも非力な方とはいえ、大男百人にも負けない鬼ですから! 変幻自在の、とっても強い鬼ですから!」
「強い鬼? じゃあ私はイタイワニーです! ひとたび押せば噛み付きます! 歯並びには自信があります! がぶがぶがぶ!」
言葉尻の捉え方が雑すぎる。ただの押韻ダジャレじゃん……。あと、イタイワニーはガブっとひと噛みだよ。咀嚼しないからアイツ。
何やかんやで威嚇にはなっていたらしく、夜毎は目がウルウルしている。夜毎の噛みつき方も、またアマガミだった。
憤慨する夜毎とは反対に、静久はキラキラした目を僕に向けてくる。
「見ましたか泡沫くん! 私の勝ちです! 名探偵にして鬼も顔負けのつよつよ幼馴染というわけです! これはもうメインヒロイン確定ですね!」
「うんうんすごいね。しかし鬼って、それでも弱い方なんだ?」
「あっ雑! 雑です! スタンプひとつで返信したみたいな雑さです! それが幼馴染にとる態度ですか!」
「元気ですわね、あなた! ……まあ、鬼も色々ありますのよ。鬼の格を決めるのは、破壊力だけではありませんわ」
狡猾さ、とか色々あるのだろうか。なるほど。どいつもこいつも野蛮なら、お嬢様は育たない。
「色々聞けてよかった。ありがとう。……夜毎はこれからどうするの?」
「そうですわね……、本当は飛行なりして家族を探したいのですが、走り回る余力もなくなってしまいましたので。暫く休眠してから活動しようかと思っていますわ」
「なるほど。じゃあ取り敢えず、僕の家に来ないか? 服も汚れてるし、シャワー浴びたいんじゃない?」
「なっ……、わたくしを誘っているんですの⁉︎ ……、その、やさしく、してくださいまし?」
「うわ。ゲーム脳ってかピンク脳じゃん。エロゲーマーお嬢様じゃん」
「エロ……⁉︎ し、失礼な! 移植版しかやりませんから! 全年齢版ならそういうシーン無いですから!」
「泡沫くん? 何連れ込もうとしてるんですか泡沫くん? えっちすぎます。そういうのは私にやってください泡沫くん」
「あ、あなたいい人風して、やることやってるんですのね! で、でもわたくし、別に嫌という訳では……」
「言い掛かりやめろよ。したことないし。……急に惨めになった。卑怯だ。ヤンデレとツンデレの挟み撃ちとか詰みじゃん」
「挟み? この雌餓鬼、私と泡沫くんの間に挟まろうっていうんですか? いいでしょう、まずはその綺麗な顔をハサミでグサッと」
「めちゃくちゃですわ! ハサミの使いようが馬鹿ですわ! もう、お家に帰らせていただきます!」
「帰る家ないじゃん」
「そうでしたわ‼︎」
阿鼻叫喚。
少しして、落ち着きを取り戻した僕は静久を宥め、それから完全に立場をわからされた——様式美——夜毎の頭に手を置いた。
「完全に無駄なやり取りがあったけど……、提案のつもりだったんだ。嫌じゃなかったら、僕の家に居候しないか?」
「え?」
「これ以上迷惑かけたら仏さんと店主に悪いし、派手な格好した子供を警察は放っておかない。だから、家出少女ならぬ家無少女を匿うという話。まあ、配慮はして欲しいけど……、遠慮はいらない」
「そ、そういうことなら——しょうがないですわね。あなたたちが疑われて捕まっても、目覚めが悪いですものね」
とか言いながら、夜毎は僕の袖をきゅっと握る。
「……ありがとう、ございます……」
大雨にかき消されそうなほどに弱々しく、しかし確かな、承諾の返事だった。
率直で、いじらしい。
幼い感謝だった。
「私、実家に帰らせていただきます!」
「家、隣じゃん……。ほら帰るよ」
「むー!」
ぷんすこ幼馴染の世迷言と横殴りの細い雨を浴びながら、僕たち三人は帰路につく。




