次女事情聴取
「結論からお話ししましょう。わたくしがあなたの財布をスった理由は、財政難。それに限りますわ。先ほども申し上げた通り、わたくしは鬼札家の次女。高潔なわたくしが本来スリのような下賤に身をやつすこと、ありません。あるはずなくってよ。
「ああ、鬼札家についてあなたがたは何も知らないでしょうから、ご教授差し上げようと存じます。鬼札家は、鬼と呼ばれる怪異の一族の頂点に君臨する名家ですわ。正確には三名家のひとつなのですが、日本を恐怖させた『原初の鬼』の集団に祖先を有する、由緒ある家ですのよ。鬼を代表する存在なのです。実力主義の鬼社会において最優の血を継いだという事実だけでも、わたくし一生涯、なんの障害もないはずでした。
「鬼札家の次女としてこの世に生を受けたわたくしは、鬼生を謳歌しておりました。ですが十日前の深夜一時、レストランを出て家に帰ると……、そこには何もなかったんですわ。
「住居、財産、そして家族。全てが消えていたんですの。突拍子もなく、忽然と。わたくし、自分の目を疑ったのは久しぶりでしたわ。連絡を取ろうとしましたが、その時には鞄の中の財布やスマートフォンまで消えており。わたくし、悪い夢を見ているようでした。一寸して、それが現実だと気づき、呆けて——ひたすらに泣きました。この異変はなんなのか。わたくしの大切なものはどこへ消えたのか。わたくしが何をしたというのか。贅を尽くした罰だというのか。世を呪いましたわ。
「全てを失ってやるのが夜泣きと世呪いだと聞いて、もしかしなくても思い当たったかと存じますけれど、わたくしは心のどこかで、この消失を甘く見ていたんですの。きっとお姉さまがすぐに見つけ出して、わたくしを抱きしめ、もう大丈夫と頭をたくさん撫でてくれる。そう信じていたんです。
「でも現実は違いました。何の音沙汰もなく一週間が経過したのです。鬼の体は燃費がよろしくありません。そして、育ちのいい、言い換えれば箱入りのお嬢様たるわたくしは、ただで食事を得る方法を知らなかったんですの。
「とはいっても、インフラの整った現代。公園のありがたみを感じましたわね。水飲み場も、最初はぬるさに滅法驚きましたけれど、慣れました。今では及第点ってところ……、それからお手洗い。街に近い場所だったからか、辛うじて使える程度には綺麗でしたわ。
「それから、わたくしこんな格好をしておりますけれど、通報には遭いませんでした。不幸中の幸いというのでしょうか。いや、施しを受けなかった、受けられなかったとするならば、不幸かもしれませんが。とまれ、幸か不幸か、わたくしは空腹のままでいたんです。不幸の延長線上で、一切の栄養なしに。
「いよいよ限界でした。肉体的にも精神的にも本当の活動限界でした。箱庭育ちのわたくしに路上生活など、土台無理な話でした。然してわたくしは本日、盗みを働くに至ったのです。食のために、命のために——」
***
「自分も被害者ということですか……、ふむ」
供述を聞き終えて、静久は指を顎に当てた。
「夜毎ちゃん。なぜスリを選んだんですか? 警察に保護してもらうとか、他の鬼に頼るとかすればいいでしょうに」
「すぐに関係なくなるから……、いえ。言い訳ですわね。プライドです。他家に助けを乞うなど、鬼札家の名が落ちますわ」
思い直したように、夜毎は呟いた。プライド。それは理性であり、家族との鎹だ。夜毎は家族に失望されるのを、随分恐れているように思える。
僕からすると、そんな極限状況でも自分をよく見せようという一種の傲慢を感じてしまう。それに、捕まらなければ無関係を装えるなんて、最低の開き直りだ。
だが彼女の中で、それはノブレス・オブリージュなんだろう。贅を尽くした生活に慣れた彼女が、公園の水道水だけで生活した。他家に頼る道を選択せず、文字通りその身一つで暗中を模索したその事実が、彼女にとって如何に『家』が大切な物かを、酷に示していた。
「夜毎。僕は被害者として、キミを糾弾する権利がある」
「……ええ、覚悟しておりますわ」
「でもさ、僕が取られたのは財布だけだ。命まで取られたわけじゃない。確かにスリは犯罪だけど、命あっての物種だろう。だから僕は、キミを許そうと思う。その矜持に免じてね。……静久、離してあげて」
「泡沫くんはやっぱり甘いです。本当にそれで良いんですか?」
「うん。何かあったら責任は取るよ。命を賭してでも、静久を守ってみせる」
「……ふう。分かりました。全くしょうがないんですから」
静久は口振りとは裏腹に嬉しそうな顔をして、夜毎の上から退いた。
そして、鬼の少女はゆっくりと立ち上がり、おしゃまに汚れを払って、
「ありがとう存じます。このご恩は、必ずお返ししますわ」
お嬢様らしく、そう言った。
「じゃあ恩返しの前に、財布を返してもらおうかな」
「もちろんですわ……、ん……。あら? えーと……」
「うん?」
「えっと、ご容赦賜りましたところ、大変申し上げにくいのですが」
「ですが?」
「どこかに消えてしまいました」
「……えー」
嘘じゃん。
「——どういうことですか!」
咄嗟に。僕以上に動揺した様子の静久が、夜毎の胸ぐらを掴んだ。




