こうぎゅーの刑
五月二十三日。
茗花高校で飛び降りがありました──そんなニュースは一度たりとも流れず。警察が来ることも、休校になることも、噂話の一つさえなく。誰一人として屋上少女を話題に上げず。
僕だけが不可解を抱えたまま、二日が経過した。
「相も変わらずどっしゃどしゃ……」
二日間、大雨が降り続いている。梅雨というには早すぎる、異例の長雨。喪に服すような鴉色の大傘を差して、僕は昇降口を抜け、最寄り——波川駅方面へ向かう。
見やれば、路上電車がのんびり進行している。古臭いとまでは言わないが、レトロというほど綺麗でもない街並み。
中間試験を終えた今、僕のような学生も多いけれど、雨で鈍く光る足元のグレータイルみたく、どこか活気が足りない。
横断歩道を渡ると、大きなゲームセンターがある。メダルゲームからアーケードゲームまで、幅広く揃っている。特に格闘ゲームが豊富なのが、僕としては嬉しい。オンライン対戦できるものも多いが、僕がよく触っているタイトルはあいにく過疎っていて、全然マッチングしない。
こんなの置いてて大丈夫か(採算的な意味で)。
家庭用も持っているが基本夜間しか当たらないし、その相手も見知った名前ばかりである。スーパーアーマー持ちなのに当身技を起点に7割削るコンボがある、ガン待ちマッチョ使いの『♡ぷりこ♡』とか。カワイイ名前しておいて、戦闘スタイルがカスすぎる。
ちなみに僕は、後隙が短すぎるあまり、飛び道具を打った後に相手のジャンプに対空技が余裕で間に合う、飛んでたら落とす系チャイナガール使いである。人のこと言えない。
こんなの置いてて大丈夫か(クソゲー的な意味で)。
駅前へ到着し、スクランブルを渡って目抜き通りへ、
「きゃっ」
「あ」
入った所で誰かとぶつかった。振り返れば、小さな女の子が尻餅をついている。
小学校高学年、いや中学年だろうか。まだまだ幼い印象を受ける、釣り目がちな少女。艶やかな黒髪は短く切り揃えられており、人形のようにかわいらしい。
反面、服装は派手の一言だ。大きなハートがあしらわれた黒のキャミトップ。太ももを存分に露出したハーフパンツ。サイケデリック柄のピンクのスニーカー。
現役高校生の僕が言うのも何だが、今どきの子はオシャレだ。
慌てて駆け寄ると、彼女は助けはいらないとばかりに、ちっちゃい手のひらを向けてきた。
「ごめんね。怪我してない?」
「ええ、大丈夫ですわ」
ですわ? 鈴の鳴るような声で少女は返事をして、おしゃまに砂埃を払う。
「わたくし、急いでおりますので。ごめんあそばせ」
そういって、すたたたっ、と走っていく。
……育ちがいい。
彼女を見た僕の第一印象は、いつだって我が物顔で歩いていて、どちらかといえばいじめっ子で、リノリウムを上履きで鳴らしまくって、踊り場で踊り散らかしていそうな、ガキンチョだったのに。
偏見、ごめんあそばせ。
使い方が違うような気もするが、心の中でテキトーに謝っておく。それから人気のないアーケードを進み、脇道に入って数分で、目的地にたどり着いた。
『エレナ』。
掠れ気味の三文字、続けてSINCE1983。雰囲気のある喫茶店だ。駅周りの中でもとりわけ良い歳の取り方をしているな、などと意味もなく感心する。重たい黒檀の扉を押し開くと、淡い照明が僕を照らした。
店内はがらんとしている……、僕は目線を入り口脇に向ける。
幅の狭い螺旋階段を上って2階へ向かうと、
「遅いですよ、泡沫くん」
先客は小言をこぼして僕を迎えた。
白銅静久。
同じ日に同じ病院で生まれ、隣の家に住んでいる、幼馴染の中の幼馴染。
背負っていたリュックを適当に置いて、どこか懐かしいワインレッドのシートに腰を下ろす。床材も年代物らしい。若干のカビ臭さと、染みついた珈琲の香ばしい匂いがする。
静久は先に注文は済ませていたようで、卓上にはシアンがまぶしいクリームソーダが鎮座している。てっぺんには桜桃と巨大バニラアイス。典型的なレトロって、却って目新しい。この喫茶が生き延びている理由の一端を垣間見た。
「円炭先生に手伝いを頼まれちゃってね」
僕たちのクラス担任である、物理教師。名前の通り丸っこい身体をした、善性の塊みたいな人。円炭先生のお願いならと思って引き受けたのだが、失敗だった。
授業道具を運ぶのを手伝ってと言われ、まあ確かに理科の授業教室は別館四階にあるし、往復も大変だろうと思い。
で、分厚い図説とか、大量のプリントとか、そんなんだろうと目星をつけていたのだが、僕は何故か昇降口で待つよう指示を受けて。
ガラガラと錆びた車輪の走行音が近づいてくるのがわかり。
そこで汗だくの円炭先生と、十数個の砲丸が入ったボールカゴを目にしたのだった。
往復が想像の十数倍大変だったのは、言うまでもない。
鉄球をそんなに集めてどうするつもりなのか。ボウリングでもやんの?
勿論そんなわけはなく、実験に使うとのこと——にしても多い——しかし、本当にボウリングをやったら楽しいかもしれない。各班、真っ黒い長机に試験管やビーカーを並べて、目指せ一撃粉砕。
ないか。
危険だし、後片付けが面倒くさすぎる。
「ま、そういうことなら、許してあげますよ。まあ、幼馴染じゃなかったら、ぐーぱんちでしたけども」
「ごめん」
「ちなみに本気でした」
「本当にごめん……、えっと、結局僕にはお咎めなし?」
「あるに決まっているじゃないですか」
静久はばっと両手を広げて——胸の前でクロスした。
「抗議のぎゅーをします。略してこうぎゅーをします。小気味良く、こう、ぎゅーっとします。こうぎゅーの刑に処します。なんか絞首刑みたいですね! こう、しゅけ〜〜!」
「……」
静久は人気者だ。文武両道、容姿端麗、黒髪ボブをふんふん揺らして愛嬌を振りまく、紛う事なき一軍女子だ。それでいて、大して突出したところのない平々凡々の僕と今でも仲良くしてくれる、かけがえのない存在だ。
でも、何故なのか。
僕に対して、ちゃめっ気以上に、狂気を発するのは何故なのか?
「もう、そんな心配そうな顔しないでください。ご安心を。私のぎゅーは泡沫くんだけのものですよ?」
「心配してるのは静久の将来だよ」
「心配も何も、私は泡沫くんのお嫁さんになるのでは?」
「……ふ、ふーん。面白いこと言うね?」
「というか、なります。婚姻届も常備してます。ちなみに捺印済みです!」
「怖いこと言うね?」
「ふふ、私ってば罪な女!」
「私文書偽造というガチ犯罪を、僕も社会も許さないからな?」
とりあえず持ち歩くのだけでもやめるよう諭していると、店員さんがオーダーを取りに来てくれた。僕は慌ててメニューを開き、えーとえーと。
「僕もクリームソーダ──」
「え〜〜。折角なら別のにしましょうよ。私のは分けてあげますから」
「……じゃあ、アイスカフェラテ」
「オン・ザ・キャラメルホイップで! あっ、レモンスカッシュあったんですね。今日暑いですからね。ひとつ追加で。あと、ミルクセーキとストロベリーパフェをひとつずつ!」
素直にオーダーをとって、店員さんは下がっていった。
疑問を感じてください。
量がおかしいでしょう。
「ママ会じゃないんだから」
「マ……、ママ!? マ? ママ♡ マママ」
あなたは狂わないでください。




