血族
「どうして人を噛んだりなんかしたんです! わたくしたち、人間の世界に溶け込もうという話だったじゃありませんか!」
夜毎は開口一番、姉を責め立てた。知る由もない約束だったが、無惨な死体となった殺人鬼の存在が、鬼札夜道の『しでかし』を証明していた。
「ごめんね。でもお姉ちゃん、夜毎が心配だったの」
「心配……ですか……?」
困惑する夜毎を前に、鬼札夜道は慈しみに溢れた表情で話し出す。
「ずっと家に篭ってばかりの夜毎に、お友達を作ってあげようとしたんだよ。けど、失敗しちゃったの。お家に連れていったら夜毎いないし、色々壊されちゃうし、壁に空いた穴から逃げられちゃうし……。怒られたくなくて、とりあえずおうちを『遁世』して、すぐ捕まえて戻そうとしたんだよ。けど、中々見つからなくて」
並べられる言い訳で、事件の流れが明かされる。
屋上少女の消失と夜毎の家の消失は、やはり関係があった。屋上少女を吸血鬼に変えたのも、夜毎の家をどこかへ消したのも、鬼札夜道で正解だった。
ただ、これらは並列ではなく直列の関係にあったらしい。
鬼札夜道は不始末を超常的な力で隠蔽したようだった。
体たらく。
花瓶を壊してしまった子供の言い訳のようだったが、しかし『戻す』というからには、復元できるのだろう。
「わたくし、そのようなお願いをした覚えはありません。それに、『作り直す』なんて。自分で好きに操れるおしゃべり人形を、友達とは呼べませんわ。お互いに知らない相手を理解しようとして、ようやく友達になるんですのよ」
「まあ、どうしたの? 夜毎からそんな言葉が出るなんて」
「ふふ、わたくし友達ができたんですよ。ここにいる、泡沫さんです」
「人間? 夜毎のこと、すぐに綺麗さっぱり忘れちゃうわよ? そんなの友達じゃなくない?」
鬼札夜毎がこちらに視線を向ける。燃え上がるような紅色の瞳が、底知れぬ冷たい輝きを放っている。
「で、でも、わたくしが覚えていればいいのですわ。孤独なわたくしを助けてくれたのを、一緒にゲームしたのを。全部、わたくしが覚えていれば」
「夜毎、それじゃだめだよ。本当の友達にはなれない。夜毎が悲しい思いをするだけ」
「いいえ。泡沫さんが私を忘れても、わたくしは何度だって、友達になりに行きます。私がそうしたいのです。なんだかんだで仲良くなれそうな女の子もいますの。……友達、作り放題ですわ! だから、お姉さまが気にすることないんですのよ!」
「そう、わかった。その子と本当に友達になりたいんだね」
「! ええ!」
「じゃあ、仲間にしよう。大丈夫、お姉ちゃん今度は失敗しないから!」
──軋み。
「ゔっ……!!」
本のページを飛ばすみたいに。
鬼札夜道は瞬間移動して、僕の両肩を怪力で押さえつけた。
「な、なんでそうなるんです!? 泡沫さんは人間のままでいいんです! あの子みたいにする訳にはいきません! 離してあげてください!」
鬼札夜道は強引だった。
粉々に砕けて復元不可能になった花瓶を諦めて、新たな器を作ろうとしていた。
花を愛でるための飾り瓶、引き立て役の、ただの道具として。
傀儡としての吸血鬼を作ることに、躊躇がなかった。
「ごめんね夜毎、不安だよね。でもお姉ちゃん頑張るから。 ずうっと夜毎と過ごしてくれる、友達にしてみせるから。ちょっと『拷問』ね」
「そん、っな、なん、で、あ、あぁぁ、ああああああああああぁぁあぁぁ!! いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
夜毎は絶叫しながら地に伏した。
軽率な家庭内暴力──冷や汗が、僕の頬を伝う。
こんな……、こんな化物を、どう説得するっていうんだ?
自縄自縛の吸血鬼は、過ちに気づかないまま一方的に『仲間』を増やそうとしている。
対話のテーブルにすらつけていない。
怪異の王座から睥睨される、姫を誑かした罪人。
それが今の僕。
嫌だ。
このまま好き放題されるのは、死んでもごめんだ。
「ぼ、くを、吸血鬼にしたら……、夜毎には、もう二度と友達ができないかもしれない」
僕は擦り切れそうな精神を奮わせて、発声する。
「出来なくても、作ればいいじゃない。関係ないわ。あなたを作り変えたって、いつか夜毎も受け入れるに決まってる」
「決めつけ──やめ、ろ。夜毎は、自分で友達を作ったんだ。それがトラウマになったら、今まで以上に、閉じこもる」
「……もう、うるさい。うるさいよ。人間風情が私に説教しないで。ダメ、あなたは夜毎にふさわしくない。人間ってだけで最悪なのに、こんな面倒臭いの、夜毎にはいらない。やっぱり夜毎、少し変なんだわ。あの子の考えることは、いつも理解できないの」
「理解しようとしてないだけだろ──あ、がっ──っ!?」
音もなく、僕は損傷した。
尋常でない力で握られ、肩の一部が削がれていた。
信じがたい痛みに崩れ落ちてしまいそうだが、鬼札夜道はそれを許さなかった。僕を掴み上げて、逃れられない恐怖に留めていた。
それでも僕は、黙らない。
「っ──あ、ああ? ふざけんなよ。さ、いあく、なのは、お前だ。 夜毎はお前がいなくても、なんとか、生きようとしていた。作り変えるとか殺すとか、そういうことをしなかった。高貴で、あろうとした。人間を愛そうとした! お前よりよっぽど大人だよ! お前は本当に夜毎が心配で、どうにかしてしまえるのかも、しれないけど! もっと妹の成長を──信じろよ!!」
「う、るさあああああああああああああああああああいぃぃぃぃ!!」
吸血鬼の頭部が、揺らいだ。
世界がスローモーションになって。
一コマ、一コマ、進んで。
下方、僕の首元に。
鋭い牙が。
「ストライク」
声。
姿を消していた、予測困難なヒーローが参上して。
白魚のような化物の指先が、あっさりと開かれる。
解放され床面に落ちた僕が、何が起きたか確かめようと視線を上げると──鬼札夜道の左胸には、きらきらしたダーツの矢が突き刺さっていた。
銀の矢。
殺人鬼特攻の一撃必殺を心臓に受けて、鬼札夜道は静止した。
小さな傷口から、トクトクと、血液が流れ出る。鬼札夜道はじっと動かないまま、ただ己の身体から失われていく生命を、ぼうっと見つめている。
どばっと、噴き出る赤色。
漏れ出るようだった血液は、急激に量を増す。鬼札夜道は完全に血の気が引いて、数瞬後には倒れこみ天を仰ぐ。
出血は勢いを増し、噴水のようになり、やがて高く打ち上がり、屋上に血の雨を降らせる。
「お、姉さ、ま——」
静寂。
終業のチャイムも、学生の笑い声も、部活動の掛け声も聞こえない深夜の学校で、僕は膝をつく。薄い雨合羽が赤色を受け止めて、ぱたぱたと虚しく鳴る。
……思考が、回りはじめる。
「そんな、いやです、だめ、だめ……、ねえ……」
少女の嗚咽が聞こえてくる。雨は急激に弱まって、紫の霧が晴れる。やわらかな月明かりが屋上を照らす。
同じくして、鬼札夜道の出血は止まる。ダーツを投げた治安維持者が、こつりこつりと、澄んだ空気に足音を刻む。
決着。
殺人鬼は死んだ。
殺人鬼の生みの親も死んだ。
僕は助かった。
人間の、勝ち。
「よく持ちこたえたね、泡沫くん」
「……雑破さん。あれは、示談って話は嘘だったんですか。夜毎を連れてきたのは、これを見せつけるためですか」
「こんなつもりじゃ無かったんだ。でも、鬼札夜道は思った以上に妹思いで、重い想いを持った異常者で、示談などしようも無かった。だから、こうしたのさ」
「なんでそう……、簡単に言えるんですか。この子は、あんな、押し付けがましいヤツだとしても! っ、家族を、失ったんですよ……」
「おいおい、泡沫くんはマジで終わりかけてた。助けないわけにはいかないでしょ。それに誤解だよ。私は鬼畜じゃない──鬼じゃない。見てごらん」
雑破刑事は、倒れ伏す鬼札夜道を指差す。
蒼白の吸血鬼────────の指先が。
ぴくりと動いた。
「!! い、生きっ!! 生きていますのね!!」
「え……」
「ふふん、言ったじゃん」
雑破刑事は、鬼札夜道の身体の元まで来てしゃがみ、ダーツの矢を引き抜いて言った。
「根本治療するって」




