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透明高校生は黙らない  作者: 新芽鳥
透明高校生は屋上バレリーナの凋落を黙らない
16/18

ダンシング・ダンピール

「なんで僕まで!?」


 想定外。


 夜毎を託して立ち去る予定だったのに、何故か僕は決戦の地に引っ張り上げられていた。


「もちろん、泡沫くんが必要だからだよ」


「僕が何の役に立つんですか!」


「役立つってか、役者だから。居てもらわないと」


「夜毎を連れてくるっていう役目はもう果たしましたよ」


「んや、まだ大事な大事な──囮(おとり)って役目が残ってる」


「……何ですって?」


 思わず聞き返した瞬間、風が吹いた。


 横殴りになって身を打ちつける雨に、僕は思わず目を閉じる。その一瞬の後、気づけば遠く、女子生徒の制服が目に映る。


 茗花高校の屋上に、華奢な少女が立っている。


 知らない、けれど間違いない。


 屋上少女あらため、殺人鬼……が、走って、


「おやめなさいっ!」


 バキン、と大きな音がしたと思ったら、夜毎が僕の前に立っていて——殺人鬼の拳が屋上のタイルを粉砕していた。


 こ、こいつは……。


「ちょっと! わたくしが割って入らなければ、ヤバかったですわよ!?」


 間違いなく死んでいただろう。


 雨合羽で来るよう言ったのは、まさか最初から的役をさせるためか——!?


「死ななかったからいいじゃん! そのまま死の淵で踊(ダンス)ってて! グッドラック! よっしゃいくぞぉぉぉぉぉい!」


 後方から最悪な要求が飛んできて、すぐさまビュッと風切り音が鳴る。


 すると、殺人鬼は身を捻りながら跳び距離を取った──甲高い金属音が屋上に響き渡る。


 何かが勢いよくフェンスにぶつかったらしい。目を凝らして奥を見ると、程よいサイズの鉄球がコロコロと転がっている。


「んー。次っ!」


「あれは──砲丸?」


「いぇす、すぐ下の理科準備室からパクって来たよ!」


「あっ、僕が円炭先生に頼まれて運んだ!」


「そうなの? なーんだ。理科準備室に砲丸があるという、別館四階の物置っぷりに感動していたのに。しかも、めっちゃあったよ?」


「みんなでボウリングできるぐらい、沢山運んだので」


「意味不明ですわ……、でも、使えるなら何でも良いですわね。頼みますわよ!」


「おっしゃおっしゃ、任せんしゃい! 残り1ピン! 狙えスペア! そっっりゃあああああっ!!」


 掛け声と共に、また豪速球が飛んできて……、ガアァーン!! ガアァーン!! ガアァーン!!


 ストレート、カーブ、フォークにスライダー。様々なコース取りで次々砲丸が投げ込まれては、フェンスにぶつかって爆音を鳴らす。


 ワンフレームに何回投げるんだとか、なぜ砲丸でカーブできるとか、疑問は尽きないが、砲丸投げはそう連発できるものじゃない。凄まじい強肩(きょうけん)だ。


 だが、殺人鬼は踊っていた。


 ざかざかと駆け、鋭く身を捻り、踵で地面を蹴って、倒れるように緊急回避。


 乱暴な跳躍(ジャンプ)と旋回(カーブ)を繰り返していた。


 向上しきった身体能力の生み出す技だろう、危なっかしいが、しかし妙に洗練された動きだ。


 精神は退化しているはずなのに、殺人鬼は晴れやかに、己を証明するように踊り狂っている。


「当たるまでっ! 投げればっ! 絶対当たるっ──あっ!!」


「どうしたんですの!?」


「残弾ゼロ!!」


「啖呵(たんか)切っておいて、あなたヘッタクソですわね!!」


 夜毎が叫ぶ。実際、殺人鬼に砲丸は一つも当たっていなかった。しかも始末の悪いことに、ことごとく殺人鬼の後方に転がっていて、再利用は難しそうだった。


 少し、静寂があって。


「ごめんごめんご〜〜!!!!」


と雑破刑事は喚きながら、屋上から校内に続く扉に脱兎の如く消えていった。


「「嘘ぉ!?」


 落胆のレゾナンス。そして騒音が消えた屋上空間は再び、雨音に支配される。攻撃が止んだことで変化を察したらしい、回避動作をやめた殺人鬼が、ゆらゆらと近づいてくる。


「く、来る……」


「させませんわ」


 夜毎は姿勢を低くして、戦闘の構えを取る。


 夜毎は幼い少女の外見をしているが、理性を得るまで成熟した吸血鬼だ。殺人鬼よりは格上のはず……、はずなのだが、横顔から緊張が見て取れる。


 殺人鬼は僕を狙っている。夜毎の反撃が空振って僕に手が伸びれば、終わりだ。あの音速パンチは躱(かわ)せない。


 夜毎が、僕の生命線。


 殺人鬼が動く、たっ、たっ、たったたたたたたたたた──急加速──しかし夜毎は身じろぎひとつなく、小さな手のひらを正面に構え、敵の突進に合わせて大きく一歩踏み込んだ。


 完璧なタイミング。やはり知能は高くないのか、夜毎にまっすぐ向かってきた生まれたての殺人鬼は、きりもみ回転しながら、思いっきり後方へ吹き飛んでいく。


「鬼札家伝承秘技、発勁(はっけい)ですわ!」


「吸血鬼に中国拳法が伝承されているのか……!」


「いえ、言ってみただけです。春麗(チュンリー)の真似してたら、なんか出来ましてよ!」


 中国四千年の歴史に謝ってほしい。


 残念なことに、見様見真似の技では決定打にはならなかったようだ。殺人鬼は、ライズアップ……、飛び起きて、再び僕たちを視界に捉える。


 また来る。夜毎は再びファイティングポーズを取──鈍い音。


 びち。


 と、水音が聞こえたと思ったら、身を起こしたばかりの殺人鬼が、倒れていた。


 いや、それどころか──ちぎれていた。


 胴体が二つに分かれ、ミミズのように、ピクピクと痙攣(けいれん)しながら屋上に臥(ふ)していた。


「なっに……、が……」


「あ、ああ……、ほんとうに、ほんとうに……」


 ショッキングな光景を隠すように、濃霧が広がる。


 雲がそのまま落っこちてきたようで、しかし白くも黒くもない、不自然で不気味な紫色の霧が充満する。


 夜目がきく夜毎は、その中に佇(たたず)む存在をいち早く目撃したらしく……、その反応で、僕も理解する。


 来た。


「夜毎、大丈夫?」


 柔らかな声音。


 霧の中から、小柄な女性が姿を現した。白いローブのようなものを身に纏い、ほっそりとした手足が伸びている。


 聖徒のような優美さを纏っていながら、異質。頭部には鋭い一対の頭角、醒めるような青髪を携え、そしてルビーのような真紅の瞳が、闇夜の中で燦然(さんぜん)と光っている。


「夜道お姉さま……」


 鬼札夜道——殺人鬼を生み出した黒幕のお出ましだ。


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