ダンシング・ダンピール
「なんで僕まで!?」
想定外。
夜毎を託して立ち去る予定だったのに、何故か僕は決戦の地に引っ張り上げられていた。
「もちろん、泡沫くんが必要だからだよ」
「僕が何の役に立つんですか!」
「役立つってか、役者だから。居てもらわないと」
「夜毎を連れてくるっていう役目はもう果たしましたよ」
「んや、まだ大事な大事な──囮って役目が残ってる」
「……何ですって?」
思わず聞き返した瞬間、風が吹いた。
横殴りになって身を打ちつける雨に、僕は思わず目を閉じる。その一瞬の後、気づけば遠く、女子生徒の制服が目に映る。
茗花高校の屋上に、華奢な少女が立っている。
知らない、けれど間違いない。
屋上少女あらため、殺人鬼……が、走って、
「おやめなさいっ!」
バキン、と大きな音がしたと思ったら、夜毎が僕の前に立っていて——殺人鬼の拳が屋上のタイルを粉砕していた。
こ、こいつは……。
「ちょっと! わたくしが割って入らなければ、ヤバかったですわよ!?」
間違いなく死んでいただろう。
雨合羽で来るよう言ったのは、まさか最初から的役をさせるためか——!?
「死ななかったからいいじゃん! そのまま死の淵で踊ってて! グッドラック! よっしゃいくぞぉぉぉぉぉい!」
後方から最悪な要求が飛んできて、すぐさまビュッと風切り音が鳴る。
すると、殺人鬼は身を捻りながら跳び距離を取った──甲高い金属音が屋上に響き渡る。
何かが勢いよくフェンスにぶつかったらしい。目を凝らして奥を見ると、程よいサイズの鉄球がコロコロと転がっている。
「んー。次っ!」
「あれは──砲丸?」
「いぇす、すぐ下の理科準備室からパクって来たよ!」
「あっ、僕が円炭先生に頼まれて運んだ!」
「そうなの? なーんだ。理科準備室に砲丸があるという、別館四階の物置っぷりに感動していたのに。しかも、めっちゃあったよ?」
「みんなでボウリングできるぐらい、沢山運んだので」
「意味不明ですわ……、でも、使えるなら何でも良いですわね。頼みますわよ!」
「おっしゃおっしゃ、任せんしゃい! 残り1ピン! 狙えスペア! そっっりゃあああああっ!!」
掛け声と共に、また豪速球が飛んできて……、ガアァーン!! ガアァーン!! ガアァーン!!
ストレート、カーブ、フォークにスライダー。様々なコース取りで次々砲丸が投げ込まれては、フェンスにぶつかって爆音を鳴らす。
ワンフレームに何回投げるんだとか、なぜ砲丸でカーブできるとか、疑問は尽きないが、砲丸投げはそう連発できるものじゃない。凄まじい強肩だ。
だが、殺人鬼は踊っていた。
ざかざかと駆け、鋭く身を捻り、踵で地面を蹴って、倒れるように緊急回避。
乱暴な跳躍と旋回を繰り返していた。
向上しきった身体能力の生み出す技だろう、危なっかしいが、しかし妙に洗練された動きだ。
精神は退化しているはずなのに、殺人鬼は晴れやかに、己を証明するように踊り狂っている。
「当たるまでっ! 投げればっ! 絶対当たるっ──あっ!!」
「どうしたんですの!?」
「残弾ゼロ!!」
「啖呵切っておいて、あなたヘッタクソですわね!!」
夜毎が叫ぶ。実際、殺人鬼に砲丸は一つも当たっていなかった。しかも始末の悪いことに、ことごとく殺人鬼の後方に転がっていて、再利用は難しそうだった。
少し、静寂があって。
「ごめんごめんご〜〜!!!!」
と雑破刑事は喚きながら、屋上から校内に続く扉に脱兎の如く消えていった。
「「嘘ぉ!?」
落胆のレゾナンス。そして騒音が消えた屋上空間は再び、雨音に支配される。攻撃が止んだことで変化を察したらしい、回避動作をやめた殺人鬼が、ゆらゆらと近づいてくる。
「く、来る……」
「させませんわ」
夜毎は姿勢を低くして、戦闘の構えを取る。
夜毎は幼い少女の外見をしているが、理性を得るまで成熟した吸血鬼だ。殺人鬼よりは格上のはず……、はずなのだが、横顔から緊張が見て取れる。
殺人鬼は僕を狙っている。夜毎の反撃が空振って僕に手が伸びれば、終わりだ。あの音速パンチは躱せない。
夜毎が、僕の生命線。
殺人鬼が動く、たっ、たっ、たったたたたたたたたた──急加速──しかし夜毎は身じろぎひとつなく、小さな手のひらを正面に構え、敵の突進に合わせて大きく一歩踏み込んだ。
完璧なタイミング。やはり知能は高くないのか、夜毎にまっすぐ向かってきた生まれたての殺人鬼は、きりもみ回転しながら、思いっきり後方へ吹き飛んでいく。
「鬼札家伝承秘技、発勁ですわ!」
「吸血鬼に中国拳法が伝承されているのか……!」
「いえ、言ってみただけです。春麗の真似してたら、なんか出来ましてよ!」
中国四千年の歴史に謝ってほしい。
残念なことに、見様見真似の技では決定打にはならなかったようだ。殺人鬼は、ライズアップ……、飛び起きて、再び僕たちを視界に捉える。
また来る。夜毎は再びファイティングポーズを取──鈍い音。
びち。
と、水音が聞こえたと思ったら、身を起こしたばかりの殺人鬼が、倒れていた。
いや、それどころか──ちぎれていた。
胴体が二つに分かれ、ミミズのように、ピクピクと痙攣しながら屋上に臥していた。
「なっに……、が……」
「あ、ああ……、ほんとうに、ほんとうに……」
ショッキングな光景を隠すように、濃霧が広がる。
雲がそのまま落っこちてきたようで、しかし白くも黒くもない、不自然で不気味な紫色の霧が充満する。
夜目がきく夜毎は、その中に佇む存在をいち早く目撃したらしく……、その反応で、僕も理解する。
来た。
「夜毎、大丈夫?」
柔らかな声音。
霧の中から、小柄な女性が姿を現した。白いローブのようなものを身に纏い、ほっそりとした手足が伸びている。
聖徒のような優美さを纏っていながら、異質。頭部には鋭い一対の頭角、醒めるような青髪を携え、そしてルビーのような真紅の瞳が、闇夜の中で燦然と光っている。
「夜道お姉さま……」
鬼札夜道——殺人鬼を生み出した黒幕のお出ましだ。




