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透明高校生は黙らない  作者: 新芽鳥
透明高校生は屋上バレリーナの凋落を黙らない
15/18

無欠

「ただいま」


「っ! お帰りなさいまし!」


 僕が帰宅すると、夜毎はバタバタと駆けてくる。


「夜毎……、話がある」


「なんですの早々に。ちゃんと戻ってきたのですから、少し休んでください。外は蒸し暑かったでしょう、冷たいお茶を持ってきますわね」


 夜毎の家を消したのは、姉だ。

 人殺しをしたのは、姉だ。

 静久が傷ついたのは、姉のせいだ。

 簡単にそう言えたら、どれだけ楽だっただろうか。


「無事に帰ってきてくれて、本当に安心しました。『鬼は外、福は内』などという、ヘイトスピーチが蔓延(はびこ)るこの国で、鬼を家にあげてしまうお人好しなあなたの家を『いわくつき』にする訳にはいきませんからね。まあ、そもそもこのわたくし、最強の自宅警備員がいるので、悪党に荒らさせたりしませんが。家を守る、守護鬼! しゅごい鬼がハウスキープしますわ!」


 僕にはこの少女に、現実を突きつけることができそうもない。


 明るくて、純粋で、優しい少女に対して……。


『──お兄ちゃんって透明人間みたいだよね』


 頭痛。


『えっと、バカにしてる?』


『にゃ、違う違う! 確かにお兄ちゃんは他人に興味薄めなとこあるけどさぁ。刹那(せつな)ちゃん的に、透明人間は善人なんだよ』


 ふいに──フラッシュバック。

 僕にとってこの家がちょうど良かった頃の、世界一大切な家族の記憶が、脳内を廻(めぐ)る。


『そんなことないだろ。むしろ痴漢するとか、物盗むとか、めちゃめちゃ悪いイメージあるよ』


『まあ最初はそうかもね。でも、何かをやって返ってきた反応は、現象に対するものでしょ。いつか自分自身への反応じゃないって気づくんだ。透明人間は、人間から現象になっていく。そして逆説的に、透明人間は人間らしくなろうとして、善人になるんだよぃ!!』


『難しいことを考えるね、刹那は』


『いぇー、褒められた。私賢すぎ。……で、お兄ちゃんはゲームとか、好きなことには意欲的だけど、そうじゃないことは基本、遠目に見る感じじゃん?』


『やっぱり悪口だったか』


『ちーがーうー! 遠目に、俯瞰して物事を見れるってこと。お兄ちゃんは困ってそうな人を見ても、正直すぐ助けたりしないと思う。でも、本当に助けてあげなきゃいけない人を見たら、絶対助けようとするじゃん。途中から興味を持てば、冷静で情報を持った、すっごく心強いサポーターになれる! ほぼ軍師だよ!!』


『軍師ではないかな』


『軍師ではないか。まあいいや。ともかく、お兄ちゃんは透明人間。傍観(ぼうかん)するけど無視はしない。困った人は見捨てない。やるべきことは、やる人間だよ』


『……そうかなあ』


『そうだよ。だからさ、お兄ちゃん。刹那ちゃんが困った時は、絶対そばにいてよね!』


「ちょっと、聞いていますの?」


「──あ」


 現実で、夜毎が僕を見つめていた。


 そうだ。


 この広い家に……、あの子はもういない。


 僕は強くならなきゃいけない。


 家と姉を失った少女に、真実を告げる。


 やるべきことを、やる。


「夜毎、お姉ちゃんは好きか?」


「突然なんですの? とっても好きですわよ。唯一の家族ですし」


「いい事だね──唯一の?」


「わたくしの親は、灰になっていますの。権力者を襲ったせいで、国を挙げて討伐されてしまったらしいのです」


「……人間が、憎くはない?」


「あいにく、わたくしは親の顔すら知らないんです。物心がつく前に、そうなった(・・・・・)ので。……歳を重ねた吸血鬼は、人間にとって災害そのものだと聞いています。恨まれて当然。悲しいですが、仕方ないとも思いますわ」


 穏やかな表情で、夜毎は言った。


 盛者必衰。


 最強だろうが、長命だろうが、いつか死ぬ。


 家族を失うことは、誰だってつらい。


 けど、僕が静久に救われたみたいに。


 喪失を乗り越えた僕なら、たった今記憶に残る消失を経験した夜毎を、励ましてやれるかもしれない。


 意を決して、僕は現実を突きつけた。


「夜毎の家を消したのは、お前の姉だ」


「……え?」


「そして理由はわからないけど、彼女は一人の少女を吸血鬼にした。そして生まれた吸血鬼は、静久を傷つけた」


「ちょ、ちょっと、待ってください! あの子が……、お姉さまの、せいで?」


「結果的には。……雑破刑事という人に会ったんだ。信用できる人だと思う。今夜、僕の高校でそいつを倒して、夜毎の姉を説得するらしい。だからさ。唯一の家族である夜毎にも来て欲しいんだ」


「う、嘘です。私のお姉さまが人間を噛むなんて、有り得ません! 親が死んだ理由が分かっているのに! 信じません!」


「暴走しているのか正気なのかはわからないけど、夜毎の姉は間違ったことをしている。放って置けないんだ。夜毎がいれば、うまく働くと思うんだよ。だから」


「嫌っ、嫌です!! お姉さまはとっても優しくて、とっても強くて、わたくしの憧れなんです! 間違ったりしません! 失敗するはずありません! お姉さまは完璧なんですの!」


「完璧な存在なんていないんだよ、夜毎」


「……ぇ?」


「どんなに魅力的な人間でも自殺を試みたりする。どんなに強い吸血鬼でも弱点は無数にある。誰だって完全無欠にはならない。……だから、努力するんだよ。決まった答えなどなくても、目的に向かって努力する。できることを精一杯やるんだ」


「……」


 僕に、殺人鬼を倒せる力はない。


 静久のピンチにも居合わせられなかった。


 ヒーローにはなれない。


 それでも、今だけだとしても。


 夜毎の隣にいてやれる。


「今やれることをやろう。姉に会いに行こう。大丈夫、だって生きてるんだ。死んだら……っ、死んだらもう、終わりなんだから。まだ、間に合うんだよ」


「……わたくし、また子供みたいに我儘(わがまま)を言っていましたのね。ごめんなさい。もう大丈夫です。お姉さまに会いに行くんでしょう? 喜んでお供しますわ」


「……ありがとう。成長した姿を、見せてやろう」


 ミッションコンプリート。


 一段と、精神的に成長した──切り替えの早さに定評のある、吸血鬼の少女とともに。


 雨天決行、僕たちは茗花高校へ向かう。


***


「や、待っていたよ。泡沫くんと、鬼札夜毎。とりあえず、着いてきてくれるかい?」


 裏門に到着すると、既に雑破刑事が待っていた。


 ヒョイっと軽く乗り越える雑破刑事、跳躍して飛び越える夜毎に続き、なんとかよじ登って柵を越える。校内道路を淡々と歩いて、屋上少女の落下想定地点──校内駐車場の片隅までやって来る。


「話は聞いているよね?」


「ええ……、お姉さまと話をするんでしょう?」


「そうそう。まあ、行かないことには始まらない。早速、屋上に向かおうか」


 雑破刑事はそう言って、地面から細長い鉄線を拾い上げ、手すさびした。


 ……壁登りするのか。


 校門はよじ登れば越えられるが、昇降口は鍵がかかっているし、セキュリティもある……、人間がバレずに屋上まで行くには、そうするしかない。


 雑破刑事が言っていた『準備』とは、このことだったのだろう。


「それじゃ、僕はここで。夜毎、気をつけて。……がんばれ」


「ええ! 任せてくださいまし!」


「ちょいちょい泡沫くん。何を言っているんだい?」


「え?」


 雑破刑事が鉄線をぐっと下方に引っ張ったかと思えば──むぎゅ。


 僕は雑破刑事に、強く抱きしめられていた。


「わ、えっ、えっ?」


「キミも来るに決まってるじゃん!」


 そんな言葉と共に、鉄線が高速で巻き取られ、あっさり身体が宙に浮く。


「う、わああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!?」


 マーベルヒーローみたいな特殊技術で、命綱などなしに。


 僕は屋上へかっ飛んでいった。


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