五人兄弟だった春
畑仕事を終えた夜、二人で簡単な夕食を済ませたあと、なんとなく会話が続いていた。焚き火の炎がぱちぱちと爆ぜる音だけが、静かな森に響いている。
「そういえば、お前は本当に、何も知らずにこの世界に来たのか」
リアンがふと尋ねてきた。以前一度聞いた話ではあるが、まだ信じきれていない部分もあるのだろう。
「知らないって言っただろ。異世界っていうか……まあ、地球っていう星に住んでたんだけどさ」
「地球」
「うん。魔法もエルフもいない、普通の世界。俺はそこで、五人兄弟の三番目として生まれた」
その言葉に、リアンが軽く目を見開いた。
「五人?」
「そう。兄が二人、弟が一人、妹が一人。とにかく毎日賑やかでさ」
思い出すだけで、口元が緩んでしまう。
「朝は誰かがトイレを取り合って喧嘩してるし、飯の時間になれば誰が多く食うかで揉めるし。俺の分の卵焼きを勝手に食われたときは、さすがにキレたな」
「……騒がしい家族だな」
「まあな。でも、それが普通だったから」
炎を見つめながら、俺は少しだけ言葉を選んだ。
「だからこそっていうか……こっちに来て一人になったとき、正直めちゃくちゃ寂しかった。ご飯食べるときとか、特に」
言ってしまってから、少し恥ずかしくなる。誰かにこんな弱音を吐くのは、この世界に来て初めてだった。
リアンはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……私も、戻れない」
「え?」
「故郷には、もう帰れない。お前と同じだ」
その一言に、俺は思わず息を呑んだ。異世界から来た自分と、故郷を追われたリアン。立場は違えど、二人とも「帰れない者」であることに変わりはなかった。
「……そうか」
短く相槌を打つ以外、何も言葉が出てこなかった。焚き火の炎が、二人の顔をぼんやりと照らしている。
「お前は寂しいと言ったが、私は」
言いかけて、リアンは口を噤んだ。何かを言おうとして、やめたのがわかった。
「……無理に言わなくていいよ」
「……そうか」
短いやり取りのあと、また沈黙が落ちる。けれどそれは、気まずいものではなく、どこか穏やかな沈黙だった。
異世界に一人放り出された寂しさは、まだ完全には消えていない。けれど今、隣に誰かがいるというだけで、その寂しさは少しだけ形を変えているような気がした。




