一口分の譲り合い
リアンに二杯目のスープをよそったあと、俺も自分の分を飲もうと椀を手に取った。ところが、覗き込んだ中身は驚くほど少ない。
考えてみれば当然だった。怪我人であるリアンに多めに分けたぶん、自分の取り分は最初から少なかったのだ。まあ、それはそれで構わない。空腹くらい、前世でも慣れっこだ。俺はそのまま残り少ないスープを口に運ぼうとした。
「――待て」
不意に声をかけられ、俺は動きを止めた。
「何?」
リアンは無言のまま、自分の椀を――まだ一口分ほど残っていたそれを、こちらへ差し出してきた。
「……何のつもり?」
「お前の分が足りていない」
「いや、俺は別に」
「見ればわかる。お前の椀は、私のものより先に空になっていた」
思わぬところまで見られていたらしい。俺は少したじろぎながらも、首を横に振った。
「いいって。お前のほうが弱ってるんだから、遠慮なんかすんなよ」
「弱っているからこそだ。空腹の人間の世話などしたくない」
屁理屈にしか聞こえなかったが、リアンの目には妙な頑固さが宿っていて、簡単には引き下がりそうになかった。
「食え」
有無を言わせない口調だった。俺は差し出された椀と、リアンの顔を交互に見る。押し問答をしても埒が明かなそうだった。
「……わかったよ、もらう」
仕方なく椀を受け取り、残っていた最後の一口を飲み干す。冷め始めたスープが喉を通っていく、それだけのことなのに、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなった。前世でも今世でも、誰かに食べ物を分けてもらうなんて当たり前すぎて、意識したこともなかったはずなのに。
「……ごちそうさま」
小さく呟くと、リアンは何も言わずにそっぽを向いた。その耳が、ほんの少しだけ赤らんで見えたのは、気のせいだろうか。
「別に、礼を言われるようなことはしていない」
「いや言ったって。ちゃんと」
「……好きにしろ」
そっけない返事の割に、こちらを睨む視線に先ほどまでの棘はもうなかった。まだ互いに信用なんてしていない。むしろ数時間前には、喉元に矢を突きつけられていたくらいだ。それなのに今、たった一口のスープを、確かに分け合った。
不思議な感覚だった。この世界に来て初めて、誰かと食卓を囲むことのありがたさを、噛みしめている自分がいた。
「勘違いするな。ただの、貸し借りの清算だ」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
適当に流しながら、俺は空になった二つの椀を重ねて片付けた。ぎこちなく、そしてどこか温かいこの空気が、これから始まる奇妙な二人暮らしの、最初の一歩になるのかもしれなかった。




