敵を家に寝かせるということ
翌朝、俺が目を覚ましたときにはもう日が高く昇っていた。慌ててベッドを――もとい、リアンと名乗った(意識が戻った際にそう名乗った)エルフの様子を見に行くと、彼はすでに目を開けていた。
こちらを見る目には、警戒の色しかない。
「……気分は?」
聞いてみたものの、返ってきたのは沈黙だった。ベッドに横たわったまま、リアンはじっとこちらを睨みつけている。まるで、少しでも隙を見せれば飛びかかってくるとでも言いたげな目だ。
「あのさ、俺、別に取って食おうとしてるわけじゃないんだけど」
「人間が、我々に何をしてきたか知らないとは言わせない」
低い声で吐き捨てるように言われ、俺は思わず言葉に詰まった。
「いや、知らないというか……何をしてきたかも含めて、俺はこっちの世界に来たばっかりで」
「戯言を」
取り付く島もない。まあ、無理もないか、と俺は内心ため息をついた。ボロボロの状態で人間の家に運び込まれたのだ。警戒するなという方が難しい。
「助けた相手に殺されそうなんだけど」
思わずぼやくと、リアンの眉がぴくりと動いた。
「……助けた、だと?」
「そうだよ。倒れてたから運んだだけ。放っておいた方がよかったわけ?」
リアンは何も答えなかった。ただ、その視線には先ほどまでの純粋な敵意とは違う、何か戸惑うような色が混じっている。
沈黙が落ちた部屋の中、俺はふと思い出したように懐から一冊のノートを取り出した。女神が餞別代わりに寄越したものだ。ぱらぱらとめくると、そこにはこの世界のこと――人間の国と、森に暮らすエルフとの間に、長く続く軋轢があることが簡単に記されていた。
「……エルフって、人間に何かされたのか」
独り言のつもりだったが、リアンが小さく反応する。
「知らないのか、本当に」
「知らない。俺、この世界に来て二日目だから」
「二日目?」
怪訝そうに聞き返され、俺は少し迷ったが、隠す理由もないかと口を開いた。
「元々、俺は別の世界にいたんだ。向こうで死んで、気づいたらこの森にいた。女神とかいう、ちょっとおっちょこちょいな人に間違って落とされたらしくてさ。だからこの世界のことも、人間とエルフの話も、正直ほとんど知らない」
我ながら荒唐無稽な話だと思ったが、リアンは意外にも鼻で笑い飛ばすことはしなかった。ただ、値踏みするような視線をこちらに向けている。
「……異界から来た、と」
「信じるかどうかはそっちの自由だけど」
「にわかには信じがたいな」
「だよな」
呆れ半分でそう返すと、リアンはそれ以上追及してこなかった。ただ、警戒の色は薄れないまでも、先ほどまでの明確な敵意は少しだけ影を潜めたように見えた。
正直に答えると、リアンはしばらく黙り込んだあと、ぽつりと呟いた。
「……森を、焼かれた」
その一言だけで、彼が背負っているものの重さが伝わってくる気がした。俺はそれ以上何も聞かず、ただ水の入った器を差し出した。
「とりあえず、水飲みなよ。話はそれから」
リアンは疑わしげに器を見つめたあと、渋々といった様子でそれを受け取った。




