人を見るなり、矢を向けられました
足音は、扉のすぐ外で止まった。
俺は匙を置き、そっと立ち上がる。心臓が痛いくらいに鳴っていた。この世界に来てまだ一日も経っていないのに、いきなり物騒な展開になりそうな予感がする。
「……誰?」
声をかけながら、俺はゆっくりと扉に近づいた。返事はない。ただ、外の気配だけが濃くなっていく。
意を決して扉を開けた瞬間――喉元に、冷たいものが突きつけられた。
矢だ。しかも、こちらの喉を正確に狙っている。
息を呑んで視線を上げると、そこに立っていたのは、見たこともないほど整った顔立ちの男だった。長く尖った耳、銀に近い白髪。人間ではない、それだけはすぐにわかった。
けれどそれ以上に目を引いたのは、彼の姿だった。頬はこけ、服はあちこち破れ、腕や首筋には血の滲んだ傷がいくつも見える。明らかに、まともな状態じゃない。
「人間……!」
男が吐き捨てるように言った。声には、隠しきれない敵意と、それ以上の何かが滲んでいる。怒りというより、追い詰められた獣に近い響きだった。
「いや、待って、俺は」
弁解しようとした、そのときだった。
――ぐう、と間の抜けた音が、静寂を破った。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。だが音の出どころは、矢を構えたままの男の腹からだということは、疑いようもなかった。
男の顔が、みるみる赤くなる。先ほどまでの敵意も殺気も、その一瞬だけ完全に消え失せていた。
「……いや、今のは」
何か言い訳をしようとしたのか、男の口が動く。だが言葉になる前に、その体がぐらりと傾いだ。矢を構えていた腕から力が抜け、そのまま膝から崩れ落ちていく。
「おい!」
咄嗟に体を支えようと手を伸ばす。間に合わず、男は地面に倒れ込んだ。近くで見ると、傷はさっき見えた以上に深い。血の気の失せた顔、荒い呼吸。明らかに、限界を超えて動いていたのだとわかる。腹の虫が鳴くのも当然だ、まともに食べていなかったのだろう。
矢を向けられたことへの恐怖より先に、目の前で倒れている人間――いや、エルフの姿に、体が勝手に動いていた。
「殺すなら、元気になってからにして」
誰に言うでもなく呟いて、俺はその体を抱き上げる。見た目より軽い。ろくに食べていないのだろう。
家の中に運び入れ、作ったばかりのベッドにその体を横たえる。傷だらけの手足、荒れた呼吸。敵意を向けられたことよりも、目の前の命が消えかけていることの方が、今はずっと気にかかった。
「……とりあえず、生きてくれよ」
呟きながら、俺は水と、傷の手当てに使えそうな布を探し始めた。




