五人分のスープ
家が完成した夜、俺は初めての料理に取りかかることにした。
かまどはさっき作ったばかりだが、火の熾し方くらいは前世の知識でなんとかなる。鍋に水を張り、森で採ってきた野菜を切っていく。人参、芋、名前も知らない葉物。味付けは塩と、干した香草を少し。
「まあ、こんなもんか」
鍋の中身をかき混ぜながら、湯気の匂いを確かめる。悪くない。むしろ上出来なくらいだ。
問題は、量だった。
「……多くないか、これ」
鍋を覗き込んで、俺は思わず呟いた。どう見ても一人分の量じゃない。三人、いや、下手をすれば五人分はありそうだ。
理由には、すぐ思い当たった。実家にいた頃、台所に立つのはいつも母か、手伝いに駆り出された俺だった。五人兄弟の食卓は戦場みたいなもので、少しでも量が少なければあっという間になくなる。だから自然と、多めに作る癖がついていた。
「誰が食うんだよ、これ」
一人で突っ込みながら、俺は椀にスープをよそう。湯気が顔にかかって、ふわりと温かい匂いが鼻を抜けていく。
木の匙で一口すすると、思っていたよりずっとうまかった。塩加減もちょうどいい。
「……うまいな」
けれど、その一言に頷いてくれる相手はどこにもいない。声は木の壁に吸い込まれて、そのまま静かに消えていく。
実家の食卓は、いつも誰かの声で埋まっていた。うまいと言えば誰かが張り合い、まずいと言えば誰かがふざけて怒る。一人分の感想なんて、声に出すまでもなく誰かに聞かれているのが当たり前だった。
それが、ない。
匙を持つ手を止めて、俺はしばらく鍋の湯気をぼんやり眺めた。壁際に寄せた、もう一脚の椅子が視界の端に映る。
――これから、こういう夜が続くんだろうな。
わかってはいたことだ。一人で転生した以上、一人で生きていくしかない。それでも、こうして実際に静かな食卓を前にすると、思っていた以上に堪える。
「……慣れなきゃ、な」
自分に言い聞かせるように呟いて、俺はもう一口スープをすすった。うまいものはうまい。それだけは、一人でも変わらない事実だ。
鍋にはまだ、四人分近くが残っている。明日は減らそう、と思いながら、二杯目をよそう。
そのときだった。
家の外――まだ扉もろくに閉め切っていない、作りかけの壁の向こうから、微かな物音がした。
足音だ。それも、人のものらしい足音。
俺は匙を持ったまま、動きを止めた。
この森に、自分以外の誰かがいるとは思っていなかった。女神のノートにも、そこまで詳しい説明はなかったはずだ。安全な場所を選んだ、とは書いてあったが。
心臓が、やけに大きく音を立て始める。
足音は、確実にこちらへ近づいてきていた。




