森の中の、目覚め
目を覚ますと、そこは森の中だった。
見覚えのない木々、湿った土の匂い、遠くで鳴く鳥の声。仰向けに寝転がったまま、俺はしばらく空を見上げていた。葉の隙間から差し込む光がやけに眩しくて、目を細める。
「……あれ、俺、死んだんだよな」
昨日――いや、あれを昨日と呼んでいいのかわからないが――俺は大学からの帰り道、突然足元が消えるような感覚に襲われて、そのまま真っ暗になった記憶がある。痛みも何もなかった。ただ、ストンと落ちるような感じがしただけだ。
体を起こすと、頭の中に流れ込んでくるものがあった。文字にならない、映像でもない、けれど確かな「知識」のようなもの。
――ごめんね、うっかりしちゃった。
そんな、どこかのんびりした声が、記憶の奥にこびりついている。次元の境目を覗き見しようとした女神が、うっかり足を滑らせて俺をこの世界に落としてしまったこと。詫びとして「快適に暮らせる能力」と「多少長い寿命」、それとノートを一冊もらったこと。
「多少長いって、どのくらいだよ……」
ツッコミどころは多かったが、今さら文句を言う相手もいない。俺は立ち上がり、服についた土を払った。着ているのは前世の記憶にある私服とはどこか違う、動きやすそうな簡素な服。女神の趣味なのか、妙に野暮ったいデザインだった。
試しに、目の前に転がっていた木の枝に手をかざしてみる。頭の中に「加工」のイメージを描くと、枝がすっと形を変え、滑らかな板になった。
「おお……」
思わず声が漏れた。ノートによれば、この力は無から何かを生み出すものではないらしい。すでにあるものを加工したり、保存したり、綺麗にしたり、調理したりする――つまり、生活のための力だ。魔法みたいに便利な代物ではないけれど、これがあれば、少なくとも野宿はせずに済みそうだった。
俺はその日一日をかけて、小さな家を組み上げた。木を板にし、板を組み、隙間を埋める。前世では日曜大工なんてやったこともなかったのに、力の助けもあってか、思ったよりもまともな形になっていく。
屋根ができ、壁ができ、最後に扉をつけたとき、俺は思わず額の汗を拭って笑った。
「……できた」
小さいながらも、ちゃんと人が住めそうな家だ。中に入り、簡単な食卓と椅子を作ろうと木材に手をかざす。椅子を一脚、また一脚。
――そこでふと、手が止まった。
いつの間にか、椅子が二脚できていた。
「……いや、一人なのに二つもいらないだろ」
苦笑しながら、一脚を壁際に寄せる。染みついた癖というのは、こういうところに出るものらしい。実家にいた頃は、椅子どころか席の取り合いすら日常茶飯事だったのに。
俺は寄せた椅子をちらりと見て、それから作業に戻った。




