↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生先は無人の森でした ~エルフの王子と紡ぐ、ほのぼの子育てならぬ村づくり~  作者: チュチュ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/14

帰る人のための一杯


リアンから故郷の話を聞いた翌日も、変わらない日々が続いていた。畑仕事をして、鶏の世話をして、夕食の支度をする。表面上はいつも通りのはずなのに、鍋を火にかけるたび、昨夜の話がふと頭をよぎるようになっていた。


「なあ、あの鍋の話だけどさ」


夕食の支度をしながら、俺は思い切って切り出した。リアンが手を止め、こちらを見る。


「あれって、お前の家族だけの習慣だったのか? それとも……」


「いや。我らエルフ全体に伝わる風習だ。ヴェルディアに限った話ではない」


「そうなのか」


「森で暮らす一族は、どこも似たような形で受け継いでいるはずだ。……もっとも、今となっては、それを守る一族がどれだけ残っているのかもわからないが」


リアンの声には、自嘲めいた響きが混じっていた。散り散りになった同胞たちのことを思っているのだろう。


「森の恵みは、いつも人数分ぴったりとは限らない。だからこそ、誰かのために一杯残すという行為には、意味があった。……足りない中で、なお分け合おうとする。それが、我らの誇りだったのかもしれない」


「誇り、か」


「大げさに聞こえるか?」


「いや」


俺は鍋の中身をかき混ぜながら、少し考えた。足りないからこそ分け合う。それは、貧しさの中で育まれた優しさなのだろう。人間の世界にも、似たような話がないわけではない。母が夜勤明けの兄のために皿を取り分けていたのも、根っこの部分ではきっと同じことだ。


「……いい話だと思うよ、普通に」


素直にそう言うと、リアンは意外そうな顔をした。皮肉や茶化しを予想していたのかもしれない。


「素直だな、今日は」


「たまにはな」


軽口を叩き合いながら、俺はふと、自分の中で何かが決まっていくのを感じていた。うまく言葉にはできないけれど、このまま聞くだけで終わらせたくない、という気持ちだった。


「よし」


「……何がだ」


「今日から、うちでもやろう。その風習」


リアンが目を見開いて、こちらを振り返った。


「お前が、か?」


「別にエルフじゃなくてもいいだろ。二人分作って、ちょっとだけ多めに。もし誰かが遅くなっても、腹を空かせて帰ってくることがないように」


言ってから、少し照れくさくなって、俺は鍋に視線を戻した。


「まあ、うちは二人しかいないから、誰かが遅くなるってこともそうそうないだろうけどさ。……それでも、な」


「……」


リアンは何も言わず、ただじっとこちらを見ていた。その視線の意味がわからず、俺は落ち着かない気分で鍋によそう手を早める。からかわれるだろうか、それとも呆れられるだろうか。そんなことを考えながら、椀を手に取った。


「じゃあ誰か帰ってくるまで残しとくか」


椀に半分だけスープをよそい、鍋にはあえて一杯分を残す。たったそれだけの行為だったが、なぜか妙に誇らしい気分になった。


「……お前は、本当に変わったやつだな」


リアンがぽつりと呟いた。その声は、呆れているようでいて、どこか柔らかかった。


「二度目だな、それ」


「そうだったか」


とぼけるリアンに、俺は思わず笑ってしまった。


「べつに、大したことしてるつもりはないけどな。ただ、誰かのために残しておくっていうの、悪くないなって思っただけだ」


「……そうか」


リアンは短くそう答えただけだったが、その横顔には、どこか安堵したような色が浮かんでいるように見えた。


二人分の椀を並べ、湯気の立つスープをすする。いつもと同じはずの夕食なのに、鍋の中にもう一杯分残っているというだけで、なんだか少し違って見えた。埋まらない席のための一杯ではなく、これから誰かが増えるかもしれない席のための一杯――そう思うと、不思議と温かい気持ちになる。


鍋の中に残された一杯分のスープが、湯気を静かに立ち上らせている。それは、誰かの不在を悲しむためのものではなく、これから先も続いていく、二人の――あるいはもっと先の、誰かのための――ささやかな習わしの始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。