洗濯物と生活のルール
二人暮らしが始まって数週間、家事の分担はいつの間にか自然と決まっていた。薪割りと水汲みはリアン、料理と掃除は俺。誰かが割り振ったわけでもないのに、気づけばそういう形に落ち着いていた。
「よし、今日も水汲みだけ頼むわ」
「わかっている。毎日同じことを言うな」
軽く言い合いながらも、リアンは手際よく水桶を担いで出ていく。剣を握っていた手が、今では当たり前のように桶の持ち手にも馴染んでいた。最初の頃は水汲み一つとっても要領を得ず、桶の半分もこぼしていたことを思えば、ずいぶんな上達だった。
問題は、洗濯だった。
「待て。畳み方が違う」
洗濯物を取り込んで適当に畳んでいた俺に、リアンが真顔で待ったをかけてくる。
「違うって、畳めてるだろ」
「袖の折り方が雑だ。もっと角を合わせろ」
「シャツの畳み方に角も何もないだろ」
「ある。こういう畳み方をしていた」
そう言って、リアンは俺の手からシャツを取り上げ、几帳面な手つきで畳み直してみせる。折り目のない、まるで店に並んでいるような仕上がりだった。
「……いや、うまいな、お前」
「当然だ」
得意げに胸を張るリアンに、俺は思わず笑ってしまう。エルフの王子が洗濯物の畳み方にこだわりを持っているとは、誰も想像しないだろう。
「じゃあ洗濯物担当、変更な。お前がやれ」
「なぜ私が増えるんだ」
「畳むのうまいなら適材適所だろ」
屁理屈を並べる俺に、リアンは不満げな顔をしながらも、結局その日から洗濯物を畳むのは彼の役目になった。几帳面な性格そのままに、干し方まで妙に細かく、風向きまで計算しているようだった。
「そこまでこだわらなくていいと思うけど」
「効率の問題だ。風向きを考えれば乾く時間が変わる」
「王子様、洗濯博士にでもなる気?」
「茶化すな」
むっとしながらも律儀に説明を続けるリアンに、俺はまた笑ってしまう。最初に会った夜、矢を突きつけられたことを思えば、今こうして洗濯物の畳み方で言い合っていること自体が、笑ってしまうくらい馬鹿げた変化だった。
「殺されかけた相手と、洗濯物で喧嘩してるって、よく考えたらすごいことだよな」
思わず口にすると、リアンは一瞬手を止め、それから小さく笑った。
「……そうだな。私も、最初はまさかこうなるとは思わなかった」
「俺も。矢を向けられたときは、まさか一緒に暮らすことになるとはな」
「あのときのお前も大概どうかしていた。矢を向けられた相手を、平然と家に運び込むやつがどこにいる」
「助けなきゃ死んでただろ」
「それはそうだが」
そう言えば、俺にも文句を言われる側の日がある。鍋を洗うときに油汚れをきちんと落とさない、というのがリアンの最新の不満だった。
「これ、まだ滑ってるぞ」
「気のせいだろ」
「気のせいで滑る鍋があるか」
「細かいなあ、お前も」
「お前の畳み方が雑だと言った口で、それを言うのか」
売り言葉に買い言葉で言い合っているうちに、いつの間にか二人とも笑い出してしまう。誰も見ていなければ、王子と平民が家事の出来を張り合っているようにしか見えないだろう。
「まあ、細かいところに気づくのはお前の長所だと思うけどな」
「……そうか」
素直に褒めたつもりだったのに、リアンは少し照れたように視線を逸らした。褒められ慣れていないのか、それとも単に調子が狂っただけなのか、耳の先が心なしか赤い。
「なんだよ、その反応」
「別に何でもない」
ぶっきらぼうに返しながらも、リアンはその後もしばらく、洗濯物を畳む手つきがどこかぎこちなかった。
洗いたてのシャツを畳みながら、二人でそんな他愛もない話を続ける。薪の匂いと、干された洗濯物の匂いが混ざり合う、ただの生活の一部。命のやり取りをしていたはずの二人が、今は洗濯物の畳み方や鍋の汚れひとつで言い合っている。その何気なさこそが、今の暮らしを支えているのだと、俺は密かに思っていた。




