第92話 守るもの
次の瞬間だった。
ギィンッ!!
激しい金属音が、静まり返った住宅街へ響き渡る。
巨大な両手剣とナイフ。
二つの刃が激しくぶつかり合った。
剣吾が踏み込む。
玲が躱す。
刹那。
再び火花が散る。
あまりにも速い。
恒一には、二人が何をしているのか分からなかった。
見えるのは、一瞬だけ交錯する影。
そして、何度も響く金属音だけだった。
(これが……)
(殺し屋同士の戦い)
以前から玲が強いことは知っていた。
だが。
目の前で繰り広げられている戦いは、その想像を遥かに超えていた。
剣吾は一歩も引かない。
殺し屋御三家・天音家。
その序列第三位。
二十八年という空白を感じさせないほど、その剣筋は鋭く、無駄がなかった。
対する玲も、巨大な両手剣の斬撃を紙一重で躱し、ナイフ一本で受け流していく。
だが――。
少しずつ。
少しずつ押され始めていた。
(強い……)
玲は心の中で呟く。
昔の自分なら。
守るものなど何もなかった。
危険なら退き。
隙があれば、自分の命ごと相手を仕留める。
それだけだった。
でも。
今は違う。
背中には、守りたい人がいる。
その一瞬の迷いを。
剣吾は見逃さなかった。
ヒュッ――。
鋭い一閃。
「っ!」
玲の左脚へ浅い傷が走る。
致命傷ではない。
だが、その一撃で体勢がわずかに崩れた。
「そこです」
剣吾は一気に間合いへ踏み込む。
玲の髪を掴み、そのまま足を払った。
身体が宙を舞う。
ドォンッ!!
背中から地面へ叩きつけられた。
「がっ……!」
肺の空気が一気に押し出される。
次の瞬間。
剣吾の踵が容赦なく玲の胸へ振り下ろされた。
ドゴッ!!
「かはっ……!」
玲の口から血が飛び散る。
それでも。
ナイフだけは離さない。
剣吾の視線が、その右手へ向く。
鋭い蹴りが放たれた。
バキッ!!
「っ!」
衝撃で指が開く。
ナイフは宙を舞い、遠くのアスファルトへ転がった。
カラン――。
乾いた音だけが響く。
「玲!」
恒一が思わず叫ぶ。
剣吾はゆっくりと玲へ歩み寄る。
そして、その胸へ足を乗せた。
逃がさない。
容赦のない重圧が玲を地面へ押さえつける。
剣吾は静かに巨大な両手剣を振り上げた。
「悪く思わないでください」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「これも」
「私の使命です」
切っ先が、玲へ向けられる。
静まり返った住宅街に。
死の気配だけが、静かに満ちていった。




