第91話 好き
剣吾は巨大な両手剣を構えたまま、玲を真っ直ぐ見据えた。
「後悔はありませんか」
「その生き方を選んだことに」
玲は静かに笑った。
「ああ」
「私は弱くなった」
その言葉を否定しない。
「昔は」
「何も守るものがなかった」
「任務だけ考えてればよかった」
「だから強かった」
剣吾は黙って耳を傾ける。
「今は違う」
「守りたい奴がいる」
「失いたくない毎日がある」
「だから」
「迷う」
「怖くもなる」
玲は小さく息を吐いた。
「でも」
「今の私の方が好きだ」
その言葉に、迷いはなかった。
玲は少しだけ口元を緩める。
「料理を覚えた」
「ゲームもした」
「買い物もした」
「ラーメンも食べた」
「学校にも通った」
「友達もできた」
「頭も撫でてもらった」
恒一の方を見ずに、少し照れくさそうに笑う。
「普通の生活って」
「案外、悪くない」
恒一は玲の背中を静かに見つめた。
初めて会った頃は、人を信じることすら知らなかった少女。
その玲が今、自分の人生を誇らしげに語っている。
玲は静かに続けた。
「だから」
「殺し屋は廃業した」
「もう」
「昔の私に戻るつもりはない」
剣吾は静かに目を閉じ、小さく頷く。
「その答えを聞けて安心しました」
「兄の言った通り」
「あなたは、本当に変わった」
「ああ」
「変わったよ」
玲はナイフを握る手に力を込める。
「だからこそ」
「負けるわけにはいかない」
剣吾も静かに両手剣を構え直した。
「では」
「始めましょう」
二人の視線が交わる。
張り詰めた空気が、静かな住宅街を包み込む。
次の瞬間。
二人は、同時に地面を蹴った。




