第89話 断罪
天音剣吾は、静かに背中の両手剣へ手を伸ばした。
柄を握り、一息で抜き放つ。
重厚な刀身が陽光を反射し、鈍い輝きを放つ。
その重量を感じさせないほど自然な構えだった。
玲は恒一を庇うように、一歩前へ出る。
「目的は私か」
剣吾は静かに頷いた。
「ええ」
「獄蓮会より、あなたの始末を依頼されています」
玲は鼻で笑う。
「あいつららしいな」
剣吾は表情を変えない。
「ですが」
「これは獄蓮会だけの判断ではありません」
「白耀グループも、同じ結論に至りました」
恒一は眉をひそめる。
「同じ結論?」
剣吾は真っ直ぐ玲を見据えた。
「あなたのような」
「見境なく人を殺す殺人鬼は」
「社会にとって不利益です」
玲は何も言わず、静かに聞いている。
「それに」
「あなたほどの力を持つ存在を野放しにすれば」
「裏社会の均衡が崩れます」
「多くの組織が、あなた一人を恐れて動き始めるでしょう」
「それは新たな争いを生む」
剣吾は巨大な両手剣をゆっくりと構えた。
「裏社会には」
「裏社会の秩序があります」
「今回」
「獄蓮会と白耀グループは」
「あなたを排除することで合意しました」
玲は小さく息を吐く。
「私一人のために」
「随分と大掛かりだな」
「あなたは」
「それほど危険な存在です」
剣吾の表情は変わらない。
そこに憎しみはない。
怒りもない。
ただ、一人の執行人として任務を遂行しようとしているだけだった。
玲は剣吾の顔を見つめ、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば」
「あんた」
「出所したばっかりなんじゃないのか?」
剣吾の眉が、わずかに動く。
「よくご存じですね」
「裏社会じゃ有名だからな」
玲は肩をすくめた。
「二十八年も刑務所に入って」
「出てきたばっかりで、もう殺しの依頼か」
「大変だな」
剣吾は何も答えない。
玲は静かに続ける。
「そんな組織に従って」
「何か意味があるのか?」
「間違った情報を渡されて」
「罪のない人間を殺して」
「それでも」
「まだ白耀グループの言うことを聞くのか?」
一瞬だけ。
剣吾の視線が恒一へ向いた。
だが、それも束の間。
再び玲へ戻る。
「我々の使命は」
「世に不要な人間を消すことです」
静かで、迷いのない声だった。
「法では裁けない悪」
「多くの命を脅かす者」
「社会に害をなす存在」
「それらを断罪する」
「そのために」
「我々は罪を背負います」
玲は冷たく笑った。
「その結果」
「無関係な人間を殺してもか?」
剣吾は沈黙した。
ほんのわずか。
両手剣の切っ先が揺れる。
だが、その迷いも一瞬だった。
剣吾は静かに構えを正す。
「過ちは」
「償います」
「ですが」
「使命まで捨てるつもりはありません」
「そうか」
玲は恒一を背に庇ったまま、ゆっくりと腰を落とした。
「なら」
「私も退くつもりはない」
穏やかな住宅街。
その中央で。
二人の殺し屋が、静かに対峙した。




